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 風邪をひきました。

 

「イベリコ、風邪には肛門にネギを挿すといいと言いますよね」

「夜宵さま、挿しませんので台所に戻しておいてください」

 

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「何をしているんですか? 出かけるんですから早くなさい」

「あ、夜宵さま、申し訳ありません……ついさっき、先輩から『もうすぐ大好きなドラマの最終回で悲しくてたまらなさすぎてこの先冷静でいられる自信がないから今すぐ飲みに行かないか』というメールが来たんです」

「『首でも吊ればいいじゃないスか』って返信なさい」

 

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 昼間、夜宵さまが電話でお話されていました。そのとき僕は掃除をしており、席をはずそうかとも思いましたけれど夜宵さまがジェスチャーで「そのまま掃除機かけてなさい」とおっしゃったので移動もせず。

 

「……あら、そう? フフフ、クリスマスには私の家にいる犬ともども美少年とたわむれますのよ」

 

 ……電話でどこかのどなたかと会話していらっしゃる夜宵さまは、とても楽しそうです。この世に悪魔がいるとすれば、多分こんな顔をしているのでしょう。

 

「……え? 犬? いやですねぇ、いつもはべらせているのはただの奴僕(ヌボク)ですよ。犬はうちにいるあの貧相な一頭で十分でしょう?」

 

 今更ですが、さんざんな言われようですね。僕。

 

「……え? あら、うちのわんこに何か……はぁ、え、あら……そうなんですの。それは大変ですね。……ええ、確かに切断しないことには仕方ないですよねえ」

 

 えっ?

 

「わかりました、じゃあクリスマスにうちのわんこをそちらに向かわせますね。お土産話を楽しみにしてます。ウフフフ」

「や、夜宵さま!?」

「あら……ごめんなさい、今わんこがうるさくって」

「夜宵さま! 切断ってなんですか! 切断って!」

「もう、騒がしいですねえ。……あ、そうですね、また後日お会いしましょう。それでは」

「夜宵さま! 今の話はなんなのですか!」

「お黙り。しもべの分際で私の電話を邪魔しようなんざ百四十億年早いですよイベリコ」

「宇宙の年齢超えるほど生きられませんから! それより」

「お黙りと言ってるでしょう? え? 聞こえないとしたらあなたの側頭部のこの軟骨は一体何ですか?」

「み、耳です! 痛い! 痛い!」

「わかっているじゃありませんの。それじゃあさっさと私の邪魔をしくさったことについて陳謝なさい」

「も、も、申し訳ありません……」

「『生まれて来てすいません』でしょう」

「う、生まれて来て申し訳ございませんでした…… って、いや、さっきの話はなんなのですか!」

 

→後日談

 

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「ところで夜宵さま。夜宵さまほどのお方でしたらクリスマスプレゼントは方々からさぞや豪勢な物を戴いたのだと思うのですが、何を戴いたのかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「そうですね。惜しみない愛をもらいましたよ」

「……あ、あ、愛!? 愛で満足なさるのですか!?」

「何を意外そうなツラしてらっしゃいますの。昔から言うでしょう。恋は状態で、愛は行為なんですよ。行為によってしか好意を示せない訳です。先人はうまいこと言いますね」

「……要するに愛を示したきゃそれなりのもんをよこせということですね」

「ビンゴです」

 

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 新年早々大掃除です。何故かと申しますと、去年は他人の掃除を手伝うだけで自宅(というか、夜宵さまの邸宅)の大掃除をしていなかったのです。

 という訳であらかた片付け終わってから自分の部屋(3畳1間)の掃除をしておりますと、いつの間にかやって来た夜宵さまが毛ほどの遠慮もなく家捜しを開始していらっしゃいます。……まあ、いつものことですから、もう、慣れましたけど……

 

「……あら? イベリコ? コレは何? 随分と古臭い粗末な本ですねえ」

「ぎゃああああ! そ、そ、それは!」

「何をあわてて……あ、まさかこれは、あなたの秘蔵のエロ本ですね? しかもそのあわてぶりから察するに18禁ロリエロ本ですね。汚らわしい」

「とんでもない濡れ衣着せないでください! それは恥ずかしいというかそもそも痛すぎる当時中学生の僕が書いた最悪の過去恥部なので返してください! もっともそう言って返していただけるとは露ほども思ってませんが!」

「よくわかってますね。むしろしっかりと見てしまいますよ」

「や、や、夜宵さま! 人は誰しも死んでも知られたくない過去があるものですよ!?」

「私にはそんなものありませんけど。どれどれ……? ……なんですかこのミミズがのったくったようなグニャグニャとした線の羅列は……あ、なるほど、コレ、イラストのつもりですね。そのわきについているのは貧相な小説ですね。……ほほう、するとあれですか、要するにコレはコピィ本とゆう奴ですね。しかも自作の小説で挿絵つき。うわあ、恥ずかしいですねえ」

 

 夜宵さまがモノスゴイ目でニヤニヤ笑いながらこちらを見ています。うわ、死にたい! 今すぐ死にたい!

 

「……夜宵さま、プロの漫画家や作家ですら脅迫材料になると言い切る思春期の青春の過ちを本人の目の前で堂々と読まれるのは人としてどうかと思いますよ」

「私は己の楽しみを犠牲にしてまで人としての道を歩みたいとは思いませんね」

「いや、歩んでくださいよ」

「『その時、世界が終わりを告げたのだった。魅葉奈は荒野の大地で遥か彼方の山影を見つめ、輝く赤い髪をふわりとたなびかせた』」

「ちょ、な、な、何 読み上げてるんですか!?」

「『悲しげに地平線を眺める魅葉奈の横に立っていた男……都紀弥が、おもむろに魅葉奈の腰に手をかけ、その耳元で甘くささやく。「魅葉奈……何を心配してるんだ。お前は俺といるだけで十分なのだろ?」』」

「夜宵さま、そろそろ本気で死にたくなってきたのでおやめください!」

 

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「浮かない顔ですね、イベリコ。どうかしたのですか」

「うーん。アルバイト先でいつも訳のわからないクレームをつけてくるお客さんがいるので困っているのです」

「そんなあなたにイイ物をあげましょう。『魔法の粉』です。即効間違いナシです」

「まさかジュースか何かに混ぜて飲ませるとかゆう使用法でありますか」

「あら、あなた エスパーでしたっけ」

「……お返し致します」

 

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「イベリコ、ちょっとここにお座りなさい」

 

 朝食時。ダイニングテーブルのイスで足を組んだ夜宵さまが、床を指して妖艶な笑みを浮かべながら、そうおっしゃいました。……時が止まったのを肌で感じます。周囲の気温もまっさかさまに下降。まるでシベリアの氷原のよう。

 こういう時、逆らうことなど出来ません。僕は途中でお箸を止めて、フローリングの床に正座しました。

 

「……は、はい……なんでございましょう」

「ぶりっこ っという言葉を聞いたことがあるでしょう」

「……ございますけれども……芸能人で言うならさとう珠緒とか小倉優子とかのたぐいですよね」

「特にさとう珠緒ですね。ちょっとこの場でぶりっこしてみなさい」

「えっ……!? 僕がしても気色悪いだけだと思いますけ…… ……ど…… ……わ、わかりました…… ええっと……」

「まあとりあえず怒ってみてくださいよ」

「ぷ、ぷんすか……」

「なるほど、殴り殺したくなりますね」

「……夜宵さまがやれとおっしゃったのではありませんか」

「そんな感じでなく、もっとこう、『いやぁーんひっどーい! もうっ、そんなことするひとにはご飯つくってあげないもんっ! ぷんぷんっ☆ もう脱いじゃうんだから♪』みたいな感じですよ」

「……夜宵さま……どこのアニメの影響なのですか」

「強いて言えばたっくん(九歳美少年)ですか。たっくんの周りの女の子にこういう子がいるのだそうで。たっくんはこういう子が好きじゃないらしいですけど」

「そりゃ、夜宵さまのおそばにいらっしゃるのですから、ぶりっこさんにはなびかないでしょうけど」

「けどそういう子たちはけっこう人気があるみたいなんですよ。これがまた。意外なことに」

「意外……ですか……?」

「そこで私、実際にあなたにやらせてみてムカつくかどうかを 調べてみようと思い立ったのですよ」

「尋常でなく迷惑ですよ」

「……迷惑? どこのお口がそんなことぬかしてるのかしら。ここ?」

「ぎゃあああ! いきなり耳に指を入れないでください! 肩から上は弱点なんです!」

「ほう……それはいいことを聞きました。それより、ホラ、ぶりっこしてみなさい」

「ええ!? もう嫌ですよ! 堪忍してください!」

「言うこと聞かないとあなたの心に埋めがたい傷を作ってあげてしまいますよ」

「……『いやーんひどーい、もう、そんなことするひとにはご飯つくってあげないもん、ぷんぷん。もう脱いじゃうんだから』」

「そうですか……じゃあ、遠慮なく脱ぎなさい」

「!? や、夜宵さまが言わせたのではありませんか!」

「それではたった今『もう脱いじゃう』と言ったのはどこのわんこさんなのかしらねえ(極上の笑み)

「……!(こ、殺される!)」

 

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「夜宵さま、夜宵さまのスキンケア用品が床に転がっておりましたよ」

「そう。それはすいませんでしたねえ。……あら……イベリコ……? これはケア用品でなくて香水のボトルですよ?」

「あ、そうなのですか」

「ええっとですね。香水のボトルは色々と形状に種類がありますけど、いくらなんでもスキンケア用品とは間違えないと思いますよ?」

「……コスメティックなことには疎いもので」

「そういえば、美容院で美容師を指名する習慣はおろか、事前に予約を入れておくことすら知りませんでしたね。あなた」

「……はい……」

「時には気取ってみるのもいいものですよ? おしゃれに凝りすぎるとナルシストになっちゃいますけどね」

「そうですか? ですが、美人はたいていおしゃれ好きですよね」

「んー、まあそうですけどね。私が言っているのはそういうことでなくて、おしゃれにかまけすぎますと自分の顔を正しく認識できなくなったりすることがあるってことです。たとえば、ぱっとしなかった方がちょっとおしゃれに気を遣うようになりますと、周りが褒めちぎりすぎる時がありますよねえ。そうすると、自分は自分の理想の姿になったんだと勘違いしてしまうことがあるんですよ」

「はあ……さようで……」

「本物の美人はやたらと他人には褒められたりしませんよ。美人が美人なのは当たり前ですから」

「……そして夜宵さまは」

「私の場合は万人みな平等に口にせずにはいられない美しさですので毎日のように褒められてますけど、何か」

 

 ……夜宵さま、何でも貫く矛と絶対貫かれない盾を売っていた商人のお話をご存知ですか。

 

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 買い物の途中、女子高生二人組の「うっわ、ちょっとあそこの犬見てよ。キモーい」という言葉に心臓が止まるほど敏感に反応してドキドキしながら振り返ると、向こうの方で野良犬が食糞してました。

 ……身も心も犬の自覚が出始めている自分に驚愕そして恐怖。

 

90

「そういえばイベリコ。あなた、今年のチョコレートの宛てはありますの?」

「お言葉を返すようですが、あるとお思いですか夜宵さま」

「これっぽっちも思いませんが」

「……でしたらお尋ねなさらないでください」

「そんな可哀想なあなたにひとついいことを教えてあげましょう。欧米では、バレンタインデーは男性から女性にプレゼントをする日なのですよ」

「そ、そうなのですか?」

「……フフ、バレンタインが楽しみですね」

「……や、夜宵さま、その笑みは一体……ハッ、もしやそのデジカメは!」

「バレンタインデーにはちょっと私に肉体奉仕していただきますよ、イベリコ」

「……夜宵さまのような女性がそうゆうことを言うと通常ならばエロティックな意味に聞こえるのでしょうが まったくそんな風に聞こえないところが、夜宵さまの 人徳 ですね」

「当日はちゃんと衣装も用意してあげますから、わきを洗って待っていなさい」

「わ、わき!?」

 


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