ひわの葉薬(トップ) > 夜宵さまと僕 > 41〜50


 

41

「ねえイベリコ。最近の若者は、男だか女だかわからないと思いません?」

「みんな着飾ってますから、顔だけ見たらわからないかもしれませんね。食生活も変わってきましたから、体型とか顔立ちも変わってきていますし」

「顔だけで男か女か判断するっていうのはジェンダーにも関わりかねませんから、あまり声高には言えませんけどね。うざいフェミニストが寄って来そうで」

「夜宵さま、お願いですから方々で物議をかもしそうな発言はお控えください。漫画なんかですと、男か女かわからない人ってたいてい美形ですよね」

「女装したら女にしか見えない、とかですね。正直 髪の毛が長くなっただけというパターンがほとんどですけど」

「……そんなにそういったジャンルの漫画を読んでいらっしゃるのですか夜宵さま」

「ところで、現実にいる 男だか女だかわからない人って、漫画のように美形じゃあなく ほとんどの場合は単におばさんっぽい顔立ちですよねえ」

「そ、そうですか?」

「あら。だって、あなただってよく女の子に間違われるでしょう」

「どういう意味ですか」

「くす」

 

42

 「ねえねえ聞いて。あたしそろそろ彼チャマと同棲しよっかなーって思うの。だってぇホラ、そろそろ付き合って半年だしー。ね、いいと思わない? ねえねえ」だなんてことを電話で延々三時間言うというのは、今まで一度も恋人が出来たことのない僕に対する嫌がらせとしか思えない。いくら友達といっても、彼女には やっていけないことの分別をつけてほしいものです。

 とはいっても世間一般では恋人の有無というのは非常に明確な優劣の差と認識されているものですから、優劣でいうところの『劣』である僕は、同棲だろうが道政だろうが勝手にやっていればいいのに、なんて負け犬の遠吠えを体現しつつ、今日も家事労働にいそしむ訳であります。

 ところが、最近、家事労働にいそしんでいる最中 疲れることが多くなってきました。そんな年じゃないのに。

 何故か喉がやたら渇きますし、よく眠れないし、やる気もあまり出ません。夜宵さまがそばにいらっしゃるとやる気も出るのですが。恐怖で。

 

「イベリコ、どうかしましたの」

「あ、夜宵さま。掃除をしていたところなのですが」

「そうじゃありませんよ。ちょっと顔色が悪いですよ」

「そ、そうですか? 確かにこのところ、ひとつきに1キロ体重が減っていますけど……」

「死期が近いんですかねえ」

「嫌なこと言わんといてください」

「だってほら、死相が」

「なっ、何をおっしゃいますか! まだまだ逝きませんよ僕は!」

「ならいいですけどねえ。あ、せっかくですから保険金の受取人の名義 私にしません? せっかくですから保険会社もあと何社か増やして受け取り予定金額も大幅アップを」

 

 ああ、明日は血でも吐きそうです。

 

43

 そう。たとえば、入社したての内気で気弱で言いたいことが言えない新入女子社員(彼氏なし18歳)が、友達が出来なくて悩んでいるある日にオドオドと出社してみたら机に成年雑誌やポルノ雑誌がうず高く積まれているのを見てしまった時の気分に似ているのかなあ。

 僕はそうぼんやりと思いつつ、机にどっさり積まれた快感フレーズ全17巻を見つめて呆然としておりました。

 ……どうするんだこれ。

 

44

 昨日の夜のこと。夜宵さまが突然 お風呂上りでくつろいでいる僕の所にやってきて柔肌をさらしたかと思うと「揉みしだきなさい」と一言。あまりのことに、その場で固まる僕。

 

「……え、な、な、何」

「いいから揉みしだきなさい」

 

 そんなこと言われても。大体、どこを揉みしだけばいいのかまったくわかりません。夜宵さまはこれ以上質問させてはくれないでしょうし、間違えてしまったら、多分 その場で足蹴にされるだけじゃすまないでしょう。下手したら、山に埋められます。

 熟考の末、肩を揉ませていただきますと、夜宵さま 舌打ちして一言「そう来るか」。

 

「……あの、僕は何をすればよろしかったのでしょうか」

「お聞きなさいイベリコ。私が、この私が、柔肌をさらして『揉め』と言っているのですよ。普通 がっついて色々と人には言えないような所を揉みしだくもんでしょう!」

「そ、そんなことおっしゃられましても……」

「そんな腰抜けだから彼女ができないのですよ」

「い、痛い所を突かないでください。大体、僕が、夜宵さまの色々と人には言えないような所を揉みしだいたら 夜宵さまはどうなさるおつもりなのですか」

「そりゃあもう、セクハラで解雇です」

 

 僕は、とりあえず、自分の早まらない性格に感謝することにしました。

 

45

「何しているんですかっ! もう、時間がきてしまうじゃありませんの、早くしたくなさい」

「夜宵さま、いい加減 小学校の生徒の下校時に意味もなく車で待機するのはやめた方がいいと思います」

「何が意味もなくなんです。意味があるから待機してるんじゃありませんの」

「じゃあどんな意味なのですか」

「美少年ウォッチングに決まってるでしょう!」

「あの夜宵さま、もういい加減やめませんか」

 

46

 昨日は、知り合いの中国人留学生の方に呼ばれてパーティーに行って来ました。

 待ち合わせは五時半だったのですが、何故か料理を作るのを手伝わせられ、その場にいたたくさんの外国人の方々に囲まれてへろへろになり、ようやくご飯が食べられる頃には午後八時を過ぎていました。

 あなた日本語上手だからまた来てねと言われましたが、二度と行きませんので許してほしいです。ついでに、僕は日本語しかしゃべれないです。

 思いもかけず遅くなり、すぐ帰らなければ夜宵さまにタコ殴りにされるかもしれないと恐れおののきつつ、冷たい夜道を走っておりましたところ。いきなり僕の横に一台の大型車が迫ってきて

 

「うわあっ!」

 避けようとしてヘッドライトにぶつかってコケる僕を押し飛ばし、車は止まりました。腰を押さえて倒れている僕の前で、運転席のドアが開きます。

 

「あら、イベリコ」

「や、や、夜宵さま!?」

「何していらっしゃいますの。そんなところで寝てたら風邪ひきますよ」

「な、ちょ、や、夜宵さまが吹っ飛ばしたんじゃありませんか」

「そりゃあ、私に黙って女のところに遊びに行く方が間違っているんじゃありませんの」

「い、いえ、そんなことないです。大体もう二度と行きません」

「ならいいのですけど。じゃ、帰りましょうか」

「は、はあ……じゃ、僕は助手席に……」

「何 寝ぼけたことぬかしてますの? あなたを乗せるためのガソリンなんて皆無です。歩いてお帰りなさい」

「えっ、えぇっ!?」

「それじゃ、お達者で」

「まっ、お、お待ちください! ちょ、僕 今ので腰が」

「腰が痛いんですの? じじくさいですねえ」

「誰のせいだと」

「しょうがないから乗せてあげますよ。ほら、さっさとお乗りなさい。早く。三秒以内に乗らないと蹴り出しますよ」

「い、痛い……す、すみません。腰が」

「情けないですねえ。男の子なんですから我慢なさい」

「夜宵さま、それは性差別です」

「そんなことはどうでもいいですけど、代金はちゃんと払っていただきますからね」

「えっ……有料!? だ、代金て、もしかして、帰宅までの運賃ですか……?」

「当たり前でしょう」

 

47

 最近、たっくん(九歳)から「おい、イベたん」と呼ばれるようになりました。

 ……僕はどうしたらいいのでしょう。

 

48

「イベリコ、今すぐ天下がほしいのですけど何とかしなさい」

「夜宵さま、ええと、大丈夫でいらっしゃいますか?」

 

49

「それじゃ、行って参ります。夜宵さま」

「あら。今日は早いんですのねえ。どうかしましたの? 彼女でも出来たんですの?」

「寂しい質問をなさらないでください。彼女なんていませんよ。今日は歩いて行くので早めに出かけようと思うのです」

「歩いて? あら、あなた、アルバイトに行くんでしょう。歩いたら一時間以上かかるじゃありませんの。もしかしてダイエットですか」

「や、ダイエットなどせずとも 僕 ここ最近みるみる痩せてますけど」

「じゃあどうしてですか。あなたいつもバス使ってたでしょう? バスは使わないんですか?」

「……う、いや、その」

「なんですの。はっきりおっしゃい。おっしゃいってば。オラオラ」

「い、痛い。じ、実は、昨日 痴漢に遭ったので、バスは乗りたくないのです」

「痴漢? 男?」

「……そうですけど」

「美形でしたか?」

「一人称が『俺』じゃなく『オデ』って言いそうな、物凄いファッションセンスのおっさんでした」

「チッ」

「チッて」

「不細工の分際で私のしもべに手を出すなんていい度胸してますね」

「僕はむしろ美形の痴漢の方が嫌ですが……」

「ダメです。不細工じゃ絵になりません」

「や、絵になんかなりたくないです」

 

50

「イーベーたーん」

「たっくん。あのですね。僕をその名前で呼ぶのはやめていただけないですか」

「いいじゃんイベたん。可愛いじゃん」

「可愛いっていうか、むしろバカにされてる気ィマンマンですよ」

「イベたんそうゆうキャラじゃん。ところさぁ、イベたん彼女いないってマジ?」

「マジですけど」

「えー。なんかさー、そんなおっさんになってまで一回も彼女できたことないってだいぶ致命的だよね。人として終わってるよね。原始人以下。チンパンジー以下」

「……まあ九歳のたっくんから見れば僕は十分おっさんなのでしょうけども……いくらなんでもチンパンジー以下ってこたないですよ」

「いや以下だよ。そんな寂しいイベたんに俺が彼女の一人を紹介したげよーと思ってさぁ」

「か、彼女? 一人? たっくん、彼女が複数いるんですか」

「ってゆーか、彼女の五人十人くらい常識っしょ」

「ち、近頃の小学生は……」

「この前 何人かの彼女にイベたんの写真見せて、そん中で何人か希望があったからさあ。今日一人連れてきてるんだよ」

「しゃ、写真って、いつの間に……僕 履歴書の写真だってここ最近撮ってないのに って ま、まさか盗撮」

「細かいこと気にしてたらモテないよ、イベたん」

 

 そう言うと、たっくんは今までこちらに背を向けて立っていたその女の子の袖を引っ張り、まんじりしている僕の方に向かせました。

 

「みくちゃん、これがイベたん」

「へーぇー……よろしく、イベたん」

 

 初対面の幼女にイベたんと呼ばれた僕は いったい何故こんな人生を歩んでしまったのだろうかと本気で考えつつ、顔の筋肉をフル活動して精一杯微笑みました。もしかして僕って、可哀想なのでしょうか。

 たっくんがひきつった笑いを見せる僕にささやきます。

 

「どーよ。可愛いっしょ」

「……そりゃ可愛いですが……あのですねたっくん。僕はロリコンじゃないのですよ。たっくんと同年代の女の子を連れてこられても困るのですよ」

「ぶっちゃけ、愛があれば年の差なんて関係ないっしょ? それに一部の人間から見たらイベたん果報者度MAXだよ」

「だいぶあります。果報者どころか犯罪者です」

「いいから自己紹介してよ。みくちゃんが待ってんだろ」

「……は、はあ……ええと、イベリコ・ブッタ(仮名)です……職業はしもべです」

 

 たっくんの言う通り 確かにけっこうな美少女であるその女の子は、僕の顔をじろじろ見た後にニヤリと笑ってうなずきました。……な、何?

 

「佐藤みくるです。小学校四年生です。趣味は編み物とサーフィンです」

「(小学生でサーフィン……!?) みくるちゃんですか……変わったお名前なのですね」

「でもみょーじは佐藤だから普通なんだよ」

「そーですね」

「でも、イベリコ(仮名)みくるだったらぴったりだよね♪」

「……それはどういう意味」

「よかったねイベたん、彼女できて」

「た、たっくん!? なぜ今の会話で何故カップルが成立したと思うんですか!? というかその前に、僕は犯罪者になんてなりたくな」

「今更えり好みできる身分かよイベたん」

「うぐっ……け、けど」

「正直 イベたんが夜宵さんといっつも一緒にいる以上、イベたんに恋人の一人でもいてもらわないと夜宵さんに手ェ出されそうで俺も安心できないってゆーかー」

「まさかそれが目的」

 


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