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31

「イベリコ。疲れているようですから 私がお灸を据えてあげます。肩を出しなさい」

 

 夜宵さまに命じられたお風呂掃除と物置の掃除が終わって ぐったりとしつつも夕飯を作ろうとしていた僕に、夜宵さまが「せんねんきゅう」を持って微笑んでいらっしゃいます。

 

「お灸を据えるというのは、文字通りの意味ですか。それとも慣用句の方の意味なのでしょうか」

「今回ばかりは文字通りの意味です。いいから肩をお出しなさい」

「は、はい」

 

 言われるままに上着を脱ぎ、肩を出します。 あああ とても 嫌な予感がする。

 と思っていましたら 案の定 夜宵さまは嬉々として僕の肩及び首筋にぺたぺたとお灸をいくつも貼り付けていきます  や、そんなに貼り付けられたらただ単に痛いだけです。

 

「お黙りなさい」

「は、はい」

「しもべを思うご主人様の気遣いですよ。ありがたくお受けなさい」

「そ、それはもう、ありがたいのですけれど……ってうわあ あ、熱い! なんかすごく熱い!」

「あら、髪の毛が燃えましたね」

「肩に貼り付けてから火をお点けにならないでください か、髪が燃え」

「うるさいですねえ。この程度 すぐに消えます」

「僕でお遊びにならないでください」

「あら、じゃあ あなたは何のために私のしもべをやっていますの」

「えっ」

 

32

 僕の幼馴染の一人が結婚して、もう一人はようやく彼氏が出来たのだそうで、めでたいと思う反面 我が身を省みて ちょっと落ち込んでいたのですけれども。

 

「イベリコ、どうかしたの。暗い顔して」

「ああ、夜宵さま。実はこれこれこういう訳でして」

「めでたいじゃありませんの。こういう時はウソでも喜びなさい」

「や、ウソでなく喜んではおりますが、我が身を省みた時 あまりにも寂しい人生を送っているなあと思いまして」

「恋人や結婚相手がいることが幸せではありませんよ」

「おっしゃることはもっともなのですけれど」

「大体あなた、私のしもべになるからには 一生結婚しない覚悟は出来ているのでしょう」

「はいそりゃも        えっ?」

 

33

「有事法制も成立してしまいましたねえ、イベリコ」

「そうですね。戦争にならなきゃいいんですけど」

「やはり、男社会がいけないんでしょうか」

「……や、僕に聞かれましても」

「私としては、そろそろ女性が政権を握っても良い頃じゃないかと思うんですのよ」

「確かに今まで女性の首相は存在しませんでしたからね。もっとも、男性でも女性でも、才能のない人はご遠慮願いたいところですけど」

「そうですねえ。私も、そろそろ国政に参加してしまおうかしら」

「え……選挙にご出馬なさるのですか、夜宵さま」

「うふふ、嫌ですねえ。選挙になんか出なくても、権力くらい簡単に握れます」

「……おやめください」

「あら、そう?」

 

34

 ゴールデンウィークですが、僕にはあまり関係がないです。

 今日も今日とて家事労働にいそしんでいたのですが、今日も今日とて夜宵さまが仕事の最中にしきりに話しかけていらっしゃいまして、それはそれでよろしいのですが今の僕の状況も考えてほしいなあと思う次第。

 

「イベリコ、早く来なさい。うっかりしていて、こいのぼりを買うのを忘れてしまっていたのです。高島屋に買いに行きますよ」

「すみません、今 お風呂掃除を終わらせるので少々お待ちください」

「もう、つまらないですねえ。こいのぼりを上げるのは当然あなたの役目なのですからね。真剣に選びなさいよ」

「……しもべとしての立場は熟知しておりますから異論はさしはさみませんけれど、夜宵さまはお子様がいらっしゃらないのにどうしてこいのぼりを」

「わかってません! この世に一人でも多くの美少年を生きながらえさせるために こいのぼりを上げて祈るんじゃありませんの」

「や、そんなことを主張されましても。それに、こいのぼりはそんなことを祈るためにあるのではありませんよ」

「まあ、こいのぼりは付属品のようなものですから。主な行事は、あれです。こどもの日に美少年たちが戯れる姿を観察することです」

「絶対違います」

「ああ毎日こどもの日なら良いと思いません?」

「思いません」

 

35

 昨日は、夜宵さまと一緒に 池袋のサンシャインまで遠出をしてまいりました。

 夜宵さまは子供好きでいらっしゃるので、子供の好きなものは ほぼなんでもお好きなのですが、今回 サンシャインではガシャポン大会というガシャポンのイベントが開催されていて、しかも同じ場所でキャラクター博覧会などしていたものですから、夜宵さまがこんなイベントを見逃すはずもなく。

 時はゴールデンウイーク真っ盛り 親子連れと おたくさんの人ごみで会場がわからず、同じ日にやっていたトミカプラレール博のスタッフに「ガシャポン大会の会場はどこですか」と聞く羽目になりまして、スタッフのお兄さんの視線が 痛い 痛い。

 ガシャポン大会 会場でも人がごったがえしで、夜宵さまは楽しそうですが、僕のヒットポイントはガンガン減ってゆくばかり。

 

「イベリコ、どうかしましたの」

「すいません夜宵さま、一刻も早く帰りたいです」

「まったくもう、情けないですねえ。わかりました。帰りませんけど、ここはやめてキャラクター博覧会に行ってみますか」

「うーん。どちらにしても人がいっぱいいそうですけど。」

「そこに可愛いくまさんのぬいぐるみがあるはずです。前々から買おうと思っていたので、この機会に買ってしまおうと思います」

「くまですか……どんなくまですか」

「ええと。つぶらな瞳で、ピンクの肌で、男の子と一緒にいるくまです。名前は確か、ぐるーみーです」

 

 夜宵さまにしては随分とロリータなご趣味でいらっしゃるなあと思いつつ、ともかくこの場から離れたい一心でご一緒しますと、やっぱり会場は子供たちが多いですが 思ったよりは人がいなくて 静か   あれ、うわ、なんか 変なのがある。

人食い熊が喉笛に食らいつくストラップ

 

「夜宵さま、夜宵さま、この熊 人食ってます」

「ああ、それです ぐるーみー」

「え」

「すいません、この喉笛に喰らいついてるストラップひとつください」

 

36

 今日も、うちに たっくん(九歳美少年)が遊びに来まして、朝からずっと夜宵さまと一緒に何やら部屋にこもっていて、僕は どうか夜宵さまが口に出せないことを色々とたっくんに教えているのではありませんようにと祈りつつ 家事労働にいそしんでおりました。

 たっくんは、自称・夜宵さまの婚約者です。そのせいか、夜宵さまのそばにいることの多い僕に対して不快感を抱いているらしく、どんなことがあろうと親しげに話しかけるようなことはありません。

 五時の鐘が鳴って、そろそろ帰らなくちゃと言う時に、僕が呼びに行きますと あからさまに嫌悪を表情に出して「チッ」と舌打ちします  もしたっくんと夜宵さまがご結婚されたら、僕はいびり倒されるのでしょうか。

 いい加減 色々と不安でいっぱいになってきましたので、たっくんが帰宅した後、夜宵さまに気になっていたことをお尋ねすることにしました。

 

「夜宵さま。夜宵さまは、いつもたっくんと何をしていらっしゃるのですか?」

「ああ。この間買ったデジカメで、たっくんのアルバムを作っていたんです。ついでにたっくんにパソコンの使い方を教えてあげたりして、ラブラブです。うふふ」

「犯罪行為はしていないですよね」

「失礼な。踏み込んではならない領域には達していませんよ」

「それならいいんですけど……たっくんが、夜宵さまのフィアンセを自称するものですから、ちょっと心配になってしまいまして」

「あら、フィアンセの話は本当ですよ」

「え、えぇッ!? な、な、年端もいかないいたいけな少年に何を吹き込んでいらっしゃるのですか! どうせそんな気などないくせに!」

「ほら、美童(みわらわ)を自分の理想に育て上げて手ごめにする光源氏計画って、あるじゃありませんの。やってみようかと思いまして」

「夜宵さま、夜宵さま。たっくんが夜宵さまと結婚できるのは十年ほど後です。その間、たっくんに飽きてしまわれたらどうなさるおつもりですか」

「先のことはわかりませんからねえ……ま、その時はその時で、たっくんなりの青春の痛手ってことで、いいんじゃありませんの」

「悪魔」

 

37

 今日、ディスカウントショップに行ってみましたら、戦国武将の名湯入浴剤などという妖しさ満点の商品が、七コ入り百九十九円という異様な安さで売っておりましたので、買ってさっそく新しいお湯のお風呂に入れて入っておりました。

 織田信長が大好きな僕といたしましては、やはり仇敵である明智光秀から攻略していくべきかなあと お湯につかりつつ心中『俺が信長(by海援隊)』を熱唱していたのですが、突然 浴室のドアが開き 夜宵さまがご登場 っていうか、うわああああ!

 

「どうかしましたか」

「どっ、どっ、どっ、どーかしましたか でないです! 一体何がどうしてそんな、すっぱだかで僕の入っている浴室に入って来られるのですか夜宵さま」

「ここは私の家ですよ? 別にいいじゃありませんの。何がいけないんです」

「僕が女性で 夜宵さまが男性でしたら、ほぼ確実にセクハラと強制わいせつで逮捕ですよ」

「仮定のロジックなど論じるだけ虚しい行為ですよ。重要なのは今だけでしょう。今、私は女性で、あなたは男性。違いますか」

「違いませんが、や、で、でも、これはセクハラでは」

「セクハラなんてものは親告罪ですからねえ。あなたが訴えなければ私が罪になるようなことはありませんよ。うふふふ」

「脅迫ですか」

「脅迫です」

「うぅ……せめて認めないでください」

 

38

 帰ってみますと、夜宵さまのお友達の方が来客中でいらっしゃいました。非常に美しい女性でしたので、夜宵さまとお二人並ぶとそこだけセレブが集まるパーティー会場のようです。

 しばらくお茶やお菓子などお出ししていたのですが、それからしばらくして インターホンがピンポンピンポンうるさく鳴り響きまして。

 どこのおばかさんですか と憤りつつドアを開けてみますと、おや、数年来の僕の友人 雅巳さんであります。ていうか、うわあ、ケガしてる 包帯だらけです。顔はアザだらけです。多分、雅巳さんのことですから、戦場でついたものなのでしょう。

 雅巳さんは、昔からモグリで医者をしていたのですが、さすがに医師免許ないとヤバイのではと思い立って某有名大学医学部に入ったはいいものの、研修時代から先輩・上司と衝突しまくったため医学会を事実上追放されてしまいまして。今現在はアフガンだかアルバニアだかに従軍医師としてタマ張ってると聞いていたものですから、まさか日本で会えるなんて思わなんだ。

 

「どうかしたんですか雅巳さん。久しぶりですね。その傷は戦場でですか」

「なんだイベリコ。どうしてお前がここに?」

「ここは僕の職場なのですけど。それより、どうして雅巳さんがここに。もしかして、悪い女にだまされたりしてますか」

「だまされたと言えばだまされたことになるのかもしれないが。うちの奥さんココに来てないか」

「え。今 確かに来客中ですけど。オードリー・ヘップバーンにちょっと似てるエキゾチックな美女が」

「それだ……」

「へ、奥さんって、あの美人が? 女性はBMI指数26以上じゃないと萌えないと言っていた雅巳さんの奥さんが、あの美女ですか?」

「うるさい。顔に惚れた訳じゃない」

「とりあえず、僕のご主人様のお友達ですからいかに雅巳さんとはいえ簡単に憩いの場をお邪魔させる訳にはいきません。どうして奥さんを捜しにこんな所まで」

「いや、昨日久々に日本に戻ってきて味噌汁食おうと思って和食屋に入ったんだが、そこで『豚汁』は『ぶたじる』と読むのか『とんじる』と読むのかでケンカになってな」

「くっだらねえ」

「その日の夜に怒りがぶり返してきたので夜を徹して殴り合った」

「女の人になんてことを」

「馬鹿野郎。あいつをただの女と思うな。本気で殺されるかと思ったぞ。遠慮なく頬骨まで折りやがる。毎回毎回 あいつとやり合うとアザが出来るだけじゃすまないんだからな」

「もしかしてそのケガは奥さんとケンカした時の」

「ああ。まさか金属バット持ってくるとは思わなかった。恐ろしい女だ」

「なんでそんな人と結婚したんですか雅巳さん。あー……でも、それで、奥さんが家出して今に至る訳ですね」

「ああ……顔が顔だからな。性格は凶悪だが、あいつの顔にだまされて寄って来る男はサケの産卵数くらいある」

「微妙なたとえですけど。でも、それなら余計に奥さんに会わせる訳にはいかないです」

「何故。とりあえず、あいつにも分別はあるからここで血ィ流すことはないと思うぞ」

「ええと。お二人、さっきからずっとトリカブトについて話し合ってらっしゃるんですよ」

「とっ……」

「とりあえず僕が奥さんを説得してみますので、全速力で逃げてください」

「……うん」

 

39

 夫婦ゲンカして家出した奥さんを追って来た不良医師の雅巳さんと、僕は久々の再会を果たした訳でありますが、多忙な雅巳さんは明日すぐに日本を発ってしまうとのこと。 ああ、だから奥さんに逃げられてあんなにあわてていたのですね。納得。

 その奥さんと何とか和解できた雅巳さんは、久々の日本を満喫したいと言って僕に地元案内を頼んで来まして、雅巳さんの興味のある所なんてここくらいだろうと寄生虫博物館に連れていってあげたら 初めてチョコレートを食べた時の子供くらいに 喜ぶ 喜ぶ。

 雅巳さんに付き合っている内に心底疲れてまいりましたので、三時間ほどうろうろしてから近くの喫茶店で休むことにしました。ちょうどいいタイミングなので、ついでとばかりに 会っていない間、雅巳さんが何をしていたのか聞いてみることにしました。

 

「雅巳さん、今までどこにいたんですか」

「カンボジア。あと、ルワンダとか、アフガンも行ったし……最近ではイラクかな」

「イラクですか。よく拉致されませんでしたね」

「そこら辺うろうろして勝手に治療して食い物もらってるだけだったし、金持ってなさそうに見えたんじゃないかな」

「つっても、今の時期 そこら辺をうろうろしている日本人なんて標的になっても全然おかしくなさそうですが」

「乞食に見えたんじゃなかろうか。水なくて砂嵐が吹き荒れるようなトコだから、服なんかものすごい汚さだったしヒゲも伸び放題で見ようによってはイスラム教徒に見えないこともなかったし」

「なるほど……しかし、よく今まで無事でしたね」

「色々と血なまぐさい所を経験しはしたが、致命傷を負ったことは確かにないな。でも撃たれはしたぞ。何回か」

「うわあ。よくもしぶとく生き残って」

「いや、冷静になれば大丈夫なもんなんだぜ。動き回るとかえって危険なんだ。ま、パニックになることなんてないんだがな。実際 そんな怖くはないから」

「ええー。うそだあ。やせ我慢もほどほどにしてくださいよ」

「何言ってんだ馬鹿野郎。家でヨメと二人っきりでいる時の方がずっと怖いぞ」

「雅巳さん、なんでそんな人と結婚したんですか」

 

 雅巳さんは、明日 奥さんと一緒にソマリアに旅立つそうです。

 

40

 雅巳さん夫婦がソマリアに旅立つのを見送ってからの帰り道、自転車で走り去った小学生男子三人が大声で「俺のおちんちん!」と絶叫していたるのを見た時の夜宵さまが僕が今まで見たことのないような顔をしていらっしゃって

 


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