ひわの葉薬(トップ) > 夜宵さまと僕 > 21〜30


 

21

 前略 お母さんへ。

 あなたは以前から、「この私に向かってなんてことを」という人間はクズ中のクズなので眼中に入れないようにとおっしゃっておられましたが、それは間違いであります 決してクズばかり「この私に」云々言うのではありません。

 今日、僕のご主人様が 映画館でチケットを忘れ チケットを拝見しようとした受付に向かって「この私になんてことを」と逆ギレしていらっしゃったからです。

 追伸・僕は元気です。草々。

 

22

 僕は、男性の下ネタならまったく大丈夫なのですけれど、女性の言う下ネタは動悸が普段の三割増しで激化してしまいます。

 そんな僕が、「私、生理二日前ほどになるとどうしようもなく発情してしまうんです。人肌恋しくて困ってしまいます」なんてことを夜宵さまに延々三時間語られ 胃に穴が 胃に穴が空くかと。

 

23

「ねえイベリコ? それにしても最近は純愛モノが流行っていますよねえ。あなたは今までの恋人を思い返してみて、純愛なんてしたことあります?」

「え。や、僕は、その……今まで恋人がいたことはナイのですけども」

「えぇー」

「な、なんですか。いいじゃないですか 僕は人と関わるのは苦手でありますから もう結婚とかお付き合いはあきらめております」

「うぅん、あきらめる必要はないと思いますけどねぇ。何かの間違いで結婚できるかもしれませんし」

「何かの間違いですか」

「そうです」

「言い切らないでください」

 

24

「ところで夜宵さま、デジカメはいつ購入なさるのですか?」

「え? 私、デジカメがほしいなんて言ってましたっけ」

「ちょ、この間、午前二時に僕を起こしてデジカメがほしいとおっしゃったではありませんか」

「え……そうでしたっけ。ああ、きっと それ 前の男がくれた薬で少しハイテンションだった時のことじゃありませんこと」

「何の薬かはあえてお聞きしませんけれど……まあ、夜宵さまがデジカメを購入されたら、盗撮にしか使わないでしょうから 平和のためにはその方が」

「何を失礼な。まったく、あなた、私を何だと思っていますの? 年がら年中 美少年小学生のナマ足を夢想している変態だとでも言いたいんですの」

「えっ、違うのですか って痛いです申し訳ありません蹴らないでください」

「まあ私は小学生の生足というか、半ズボンに短めの白のソックスが一番欲情をそそると思うのですよ」

「……そ、そうですか」

「それじゃ、デジカメを買いに行きましょうか、イベリコ」

「え。や、僕の話をお聞きでしたか、そんなものを買ってしまったら夜宵さま、ヘタすると塀の中ですよ」

「日本はロリコンには厳しいですけど、ショタコンには甘い国ですからねえ。女性というものは母性感情を持って子供に接すると思い込んでいますから。私のように美少年に萌える程度では、そんな、逮捕だなんて。大丈夫、めったなことでは逮捕されません」

「そういう問題ではないです」

「いいからついてらっしゃい。何なら今日、一緒にお食事いたしません?」

「う……食事はしたいですが……で、でも、いたいけな小学生が夜宵さまの毒牙にかか い、痛い、痛いです申し訳ありません」

「さっさと来ないと頬の原型がわからなくなりますよ。いいからいらっしゃい」

「うぅ、あまり犯罪的なことはなさらないでくださいよ」

「犯罪的なのは私の美しさだけで十分です」

 

 もう何も言うべきでないと、僕は思いました。

 

25

 夜宵さまがデジカメを購入された翌日、バイトから帰った僕が玄関のドアを開けますと、見知らぬ美少年(推定十歳)がトイレから出てくるところでした。

 ……あれ、え、え。

 一瞬 何が起こったのかよくわかりませんでしたが、脳内で「夜宵さま=ショタコン」という前提等式から導き出される結論が「エマージェンシー」であったため、僕はとるものもとりあえず、リビングに駆け込みダッシュ。

 

「あら、おかえりなさい」

 

 微笑む夜宵さま とても美しいですが、今はそんなことを言っている場合ではありません あ、あ、あの美少年はナニモノなのですか と顔面蒼白で問いただしてみましたところ。

 

「ああ……私の知り合いの美少年たっくんです。ふふ、天使もビックリの可愛らしさでしょう」

「お、お知り合い……なの、です、か……」

「そうです。顔立ちから声からたたずまいから、何から何まで完璧な愛らしさでしょう。あれだけの逸材はなかなかいませんよ。ジャニーズに取られる前に見つけて良かったです。ウフフフ」

「ウフフフ、でなくて、夜宵さま、つ、ついに犯罪を」

「失敬な。ちょっとした撮影会を行っていただけです」

「よりヤバイではないですか!」

「少なくとも あなたが今考えているようなことをした訳ではありません。たっくんの愛らしい私服姿をデジカメで撮影していただけです。フフフ」

 

 まったく信用ならないお言葉ではありますが、今の僕には夜宵さまのお言葉が真実かどうかを確かめるすべはありませんし、確かめる勇気もありません。

 テーブルそばで突っ立っておりますと、横から たっくんが僕をジロジロとながめつつ、「誰」と夜宵さまに尋ねました。

 

「ああ、私のしもべです。下僕と書いてしもべと読みます。イベリコ、自己紹介なさい」

「……う、は、はい。ええっと、夜宵さまにお仕えしております イベリコ・ブッタと申します……けど……あの、」

「余計なことは言うんじゃありませんよイベリコ」

「は、はい」

「たっくんも自己紹介なさって」

「うえだたくみ です。九さいです。しゅみはサッカーと野球で、好きなものはカードです」

「はいよくできました。それじゃ、たっくんはもうすぐ帰りますから、イベリコ、送っていってあげなさい」

「承知いたしました……」

 

 まだ釈然としないのですが、ここはもう こうゆう人なのだからと自分に言い聞かせ、たっくんの手を引いて自宅を後にいたします。

 家を出たとたん、たっくんは自己紹介の時の素直な様子とは打って変わって、まったくクチを聞かなくなってしまいました。

 ああ、夜宵さまにどんなことをされたのだろう 可哀想に もし僕が現場を押さえてしまったら、たとえ夜宵さまのなさることといえど、警察に通報しなければ。

 と思っておりますと、おもむろにたっくんが口を開きました。

「あのさ、イベリコって、夜宵さんとどんな関係な訳」

「 (呼び捨て……っ!?) しもべですけど、それが何か」

「へえ……言っとくけど、俺が十八になるまで夜宵さんに手ェ出したらマジ殺すから、よろしく」

「え」

「フィアンセだから、俺」

「……ど、どなたの……」

「夜宵さんの」

 

 その場でかたまる僕を誤解したのか、「くれぐれも手ェ出すなよ しもべ」と念を押して走り去っていく たっくんの後姿 ながめつつ 僕はまた何か、捨てられない十字架を背負ったような気がしていました。

 

26

 今日は、夜宵さまはお帰りになりません。

 多分 数多くいるラブリストの一人とお食事にでも行かれるのでしょう いいなあ、僕も美味しい食事が食べたい。ちなみに僕のいつもの夕食は 近所のうまか亭のシーチキン弁当(税込二百六十三円)が定番メニューであります や、美味しいのですけれども。

 ともかく、夜宵さまがいらっしゃらないとはいえ、ちゃんと掃除しないことにはまいりません。

 掃除機と雑巾とクイックルワイパーを駆使して駆け回っておりますと、おや、いつもは閉まっている夜宵さまの部屋のドアが開いております。

 とりあえず 私物に手を触れなければ怒られることはないでしょうから、掃除をしに中に入ってみることにいたしま ガラガラガラ

 ドアを開けた瞬間、崩れ落ちる何か。全身から さーっと血の気が引いていきます。

 やばい、やばい、早く何とかしないと、とあわてて崩れ落ちたものを見てみますと、ドアのわきに 山のように積まれたビデオテープやDVDが 一部崩壊してなだれております。

 うう、夜宵さまのコレクションなのだから、まあ、美少年とか、小学生とか、そうゆうものが多いのだろうなあ 片付ける前からものすごく嫌な気分と嫌な予感でいっぱいですが、片付けないことにはまいりません、腹を据えることにいたします。

 しかし、それにしても、この量の多さは尋常じゃあありません。一体何が映っているのでしょう 危険な欲望がムラムラと喉元を押してきます や、見てはいけない、見たら絶対に後悔してしま

 

 

『実録!生体解剖』 『やさしいりか じんたいこうぞう』 『おかあさんのための性教育』 『マニア垂涎 有名小学校制服図鑑』 『ウィーン少年合唱団ベストセレクション』 『とうさつの科学』

 

 

                      ……嗚呼 もう。

 

27

「イベリコ、*****(女優)が離婚ですって」

「えー。そうなんですか?」

「そうですよ。ほら、ワイドショーで今やっているじゃありませんの」

「え? 離婚『危機』ってだけじゃありませんか」

「ねえねえ、賭けませんこと。離婚するかしないか」

「……あの、今、僕、お金がありませんものですから、ギャンブルは……」

「ダメですねえ。腰がひけていますよ」

「ひきますよ、そりゃあ」

「じゃあこうしましょう。私が負けたら、あなたに超豪華フランス料理をおごってあげます」

「えっ、本当ですか! う、ううーん、ぼ、僕が負けたら……?」

「そうですねえ。その時は、コードレスバンジーでもやっていただこうかしら」

「死にます」

「華々しく散る男ってすてきですよねえ」

「素敵でなくて良いです」

 

28

 今日の夕飯は、夜宵さまが作れとおっしゃったので、ポトフです。

 ですが、あいにくと八百屋はすべて定休日でして、スーパーにも行ったのですが野菜が案の定 高くて高くて。

 お金持ちではあっても決してムダ遣いはなさらない夜宵さまに、「五百円のにんじんを買ってまいりました」などと申告しようものなら、その場でタバコの火を押し付けられてしまいます。

 仕方なく、いったん家に戻り、自転車で隣町へ。

 重い荷物を持って、ポトフを作って、煮込んでいる間に掃除をすべて済ませ、やれやれ ポトフおいしくできたかなあと鍋を覗き込んだ所で、おや 電話であります。

 

「もしもし、黒川邸ですが」

「あら、イベリコ? 私です。突然ですけど、今日は帝国ホテルでお食事しますので夕食はいりません。それじゃ」プツッツーツーツー

 

 その日の僕の夕飯は、夜店の一平ちゃんでした。

 

29

 英語が、苦手なのです。

 中学・高校そして大学と 延々 英語を学んで参りましたが(ちなみに第二外国語はポルトガル語でした)、どうにもこうにも好きになれないのです。

 一方、夜宵さまは 僕などとは違って教養と知性のある方ですから、英語などもちろんペラペラです。多分、ドイツ語やフランス語も話せるのでしょう。ドイツ人やらフランス人やらのラブリストがいらっしゃるとおっしゃっておられたので。

 

「夜宵さま、夜宵さまは、どこで英語を学ばれたのですか?」

「あら、珍しいですね。そんなことを聞くだなんて。NOVAにでも通いたいんですの?」

「そ、そういう訳ではないです。ただ、夜宵さまのように英語が流暢に話せるようになりたいなあ と思いまして」

「まあ私の場合は、必要でしたから自然と身につきましたけど……今のあなたには英語なんて不必要なんじゃなくて?」

「そんなことは……え、や、あ、あの、必要って、夜宵さま 外国にお住まいだったことがあるのですか」

「ええ、イギリスにいました」

「イギリスですか。確かにそれでは英語ができないといけませんね」

「そうですねえ。イートン校を盗聴しても英語がわからないと意味がないですから」

「盗聴……?」

「うふふ」

「や、うふふ でないです。盗聴は犯罪です。いくら金髪美少年がはびこっているとはいえ……よくバレませんでしたね」

「そりゃあねえ。だって、私ですよ? うら若き女性が そんな 盗聴だなんて」

「だなんて とおっしゃっていますが、要はご自分の美しい容姿を利用してそうした犯罪行為を行っていたという訳で 痛い、つねらないでください」

「四六時中 盗聴されているのはあなたも同じなんですから、偉そうな口を聞くんじゃありません」

「す、すいませ    え、え、ぼ、僕も盗聴されて」

「ご飯はまだなんですか」

「話をそらさないでください」

「ま だ で す か」

「痛い、痛い、も、申し訳ありません おやめください すぐにご用意いたします」

 

30

 夜宵さまの お祖父さまは、戦時中に色々と それはそれは口に出せないようなことばかりやってきた、いわゆる 人のクズの典型例のような人物だったのだそうで。

 今日、夜宵さまに連れられて お祖父さまのお屋敷のお掃除をしておりましたところ、出るわ出るわ 砥ぎすぎて薄っぺらの軍刀だの 血の跡のついた軍服だの 死体写真だの。

 非常に嫌な気分でしたが、夜宵さまが手料理をご馳走してくださるとおっしゃるのですから、頑張らない訳にはまいりません。

 あらかた終わり、一息ついた所で、夜宵さまが「スープとドリアが出来ましたからおいでなさい」とお声をおかけになりました。

「それにしても、夜宵さま、モノスゴイお祖父さまをお持ちだったのですね……」

「そうですねえ。祖父は何しろ古い人間でしたから、しょっちゅう人種差別的な発言を繰り返していましたよ。人のクズですね。時代が時代でしたし仕方のないことかもしれませんが」

「はあ。しかしどうして夜宵さまは、今 急に お祖父さまのお屋敷のお掃除をなさろうと お思いになったのですか?」

「面倒くさくてほったらかしにしておいたんですけど、いい加減片付けなくてはいけませんねえと思いまして。珍しいものも出てくるかなーという興味もあったんですけどね」

「珍しいものですか」

「たとえば、イベリコ。あなたの持ってるスプーンは人骨で作られたものなんですよ」

「えっ う、うわあっ」

「うふふ、いやですねえ。本気にしないでくださいな。そのスプーンは木製です」

「お、おどかさないでください! 吐きそうになったではないですか」

「本当は そのスープ皿です」

 


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