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11

 僕が住んでいるのは夜宵さまのご自宅の一室(三畳一間)なので、夜宵さまはお気の向くままお好きなように僕を呼び出します。

 呼び出しがある時は、たいていギャンブルをふっかけられるか無理難題を押し付けられるかのどちらかなのですが、夜宵さまのしもべである僕が、それをはねつけることなどできるはずもなく。

 今日も今日とて、早朝から夜宵さまが僕を起こしにやって来られました。

 

「イベリコ? イベリコったら、起きなさい!」

「ちょ、ちょっと、いつの間にか部屋に入ってきて 寝てる人の頬をつねったりなさらないでください 何の御用ですか」

「私に命令するとはいい度胸です」

「め、命令だなんてそんな…… わ、ま、まだ午前の二時じゃありませんか。丑三つ時ですよ。そんな時間帯に、何の御用なのですか」

「さっき、ホームページの更新をしましたの」

「え。さっきって、ずっと起きていらしたのですか。すっかり眠っておられると思っていたのですけど って痛い痛い、真夜中でご気分がハイなのかどうかは存じませんが つねらないでください」

「いいからお聞きなさい。イベリコ、私、更新をしていて思いましたの。やっぱり、デジカメがないと不便です」

「デ、デ、デジカメ……です、か……」

「なんですか、その嫌そうな顔は」

「い、いえ。しかし何故そのようなことを 午前二時に わざわざ僕を起こして おっしゃるのですか」

 

 眠たくてたまらない僕がまぶたをこすりつつお聞きしますと、夜宵さまはちょっと色っぽく身体をくねらせて 絶叫。

 

「わかってません! わかってません! もうすぐ五月じゃありませんか!」

「もうすぐって、今、三月の下旬ですよ。それとも、五月に何か夜宵さまが楽しみにしてらっしゃる行事などがあるのですか」

「あなた まだわかってない ああもう 五月といえばあれです、運動会です。体育の日は十月ですけど、小学校で五月に運動会を開く所は意外に多いのですよ。チェックミスも大概になさい」

「チェックミスも何も僕は高校卒業しておりますから小学校の行事なんて関係ございませんし、夜宵さまからそれを調べておけと命じられたことも」

「頬っぺた ねじ切りますよ」

「痛い痛い! す、すみません! し、しかし、夜宵さまはどうしてそんな、運動会などに。まさか隠し子がいらっしゃ」

「はり倒しますよ。運動会といったら! 半ズボンの小学生男子を堂々と盗撮できる機会じゃありませんの! だからデジカメが必要なんですのよ!」

「夜宵さま、それは犯罪です。それにホームページに載せたら変態さんが盗撮被害者であるところの小学生男子に猥褻な行為を働かんとも限りませんから」

「何言ってます。私個人が楽しむに決まっているじゃないですか。そんな、他人に見せるだなんて、もったいない」

「や、じゃ、なんでホームページ作ってる時に思いつかれるのですか そんなこと」

「そんなこと ですって あなたまだ小学生男子の魅力がわかってませんの」

「別にわかりたくはないのですけど」

「あの健康的な細い脚に きらきらの瞳! 輝くような笑顔! 美少年小学生は神が与えたもうた最上の生物なのですよ! それをっ、なんですかっ、何がわかりたくないんですかっ!」

「痛い 痛い、もう眠いんで堪忍してください」

 

12

 買い物帰り、公園で夜宵さまをお見かけしまして。

 自然いっぱいの公園の中、噴水前のベンチに腰掛ける夜宵さまのお姿は、冗談でなく、絵にすれば売れる 絶対に。見た目だけは。

 僕、夜宵さまに声をおかけしようかと思ったのですけれど、おや、夜宵さま、お顔がちょっとコワイ。

 

「夜宵さま」

「キャア」

「痛い。叩かないでください」

「び、びっくりしたじゃないですか。もう、邪魔しないでください」

 

 え、邪魔ですか と、よく見てみましたら、夜宵さまの前、噴水越し、無邪気に遊ぶ小学生男子数名。まさか。

 

13

 最近、夜宵さま、僕のことを「若乃花てらお」と呼びます。

 多分、先日の僕の失言へのあてつけだと思うのですけど、そこで僕が「やめてください」と抵抗したところでどうにかなるはずがありません。ありえません。

 むしろ、抵抗すればするだけ夜宵さまは面白がって、もっとデンジャラスな名前を考案なさるともかぎりません いじめっこの論理と同じです。

 僕は夜宵さまにどんな名前で呼ばれても、ごく普通にお返事しなくてはならなくて ああさっそく夜宵さまがいらっしゃった 満面の笑みがとてもきれいですけれど、また何か無茶なことをおっしゃるおつもりなのでしょう。

 

「ねえ、てらお」

「何ですか やおいさま」

 

 すみません 素で間違えてしまいました と謝る前に 夜宵さまのグーパンチが 僕の顔面に本日の一発目。

 

14

 人一倍だまされやすい僕にとって、エイプリルフールは、あまりスキでない行事のひとつなのです。

 今日もさっそく新聞のウソ記事にだまされ、新聞社ともあろうものが子供心を忘れていなさすぎです いっそコスプレなぞして記事を書けばいい なんて悶えていたのですけど。

 それ以上に 今日は夜宵さまが一年で一番好きな日なので また去年のような凶悪な嘘をつかれるとも限らなくて ああもう 今日だけはバイト先に一日中ひきこもっていたいくらい 憂鬱。

 

「イベリコ、イベリコったら、返事くらいなさい」

「ぎゃー。ちょ、な、何で僕の部屋にいらっしゃるのですか夜宵さま」

「だってせっかくのエイプリルフールなんですもの。どんな嘘をつこうかと思って、とりあえずあなたの部屋に無断侵入してみました。エロ本か何かあるかと思って家捜ししてみたけど 何もなくてつまりません」

「僕のプライバシーを侵害しないでください 週刊文春ですか」

「せっかくのエイプリルフール、ただの嘘じゃつまりませんよね」

「僕の話もお聞きください。ていうか、去年のような嘘はおつきにならないでくださいよ」

「ああ。目が覚めたら拘束具で監禁して『これから人体生体改造実験を行うので被験者になってください』と言ったあれですか。まさかあんな可愛い嘘で泣かれるなんて思いませんでしたけど」

「目覚めたのは病院の中で、夜宵さまの後ろに稼動中のチェーンソーかまえた人がいるのですよ、泣きたくもなります」

「当時従えてた医者のカレに協力させましたからねえ。迫真でしたでしょ」

「もうああいったことはおやめください。命がいくつあっても足りません」

「今年はどーしましょうか。イベリコ 大好きよ☆とかですか?」

「あの、どこを笑えばよろしいのでしょう」

 

15

 夜宵さまにご一緒して図書館で本を読んでいましたら、夜宵さまの知り合いのPTA会長の女性と出会いました。

 

「お久しぶり、黒川さん。相変わらずね」

「津川さんこそ、お変わりなく。まだ倫理委員会はやっていらっしゃるの?」

「もちろんよ。この世からありとあらゆる差別語をなくすのが私の夢よ。歪んだ男社会に鉄槌をくだし、いずれは総理大臣にもなってやるわ。次の選挙を楽しみにしていることね。フフフ」

 夜宵さまはなかなか恐ろしい人物と交流があるのだなあと思っていますと、そばで本を読んでいた彼女の息子らしき少年が立ち上がり。

 や、こんな幼いというのに、ヘレン・ケラーの伝記など読み 英才教育など施されているのでしょう すごいことです。

 と僕が思っておりますと、少年は母親の袖をくいくいと引っ張り、とても嬉しそうに叫びました。

 

「お母さん、ヘレン・ケラーって、おしで めくらで つんぼだったんだね!」

 

 その時の彼女の形相 爆笑する夜宵さま それらに硬直する僕の肩に、図書館の沈黙が倍になって落ちてきました。

 

16

「見ました!? あの車! この私にクラクションなんか鳴らして! まったく親の顔が見てみたいです!」

「夜宵さま、歩道を歩いてください」

 

17

「桜が散って、花吹雪できれいですねえ 夜宵さま」

「あの花びらすべて集めたら、人間が窒息しますかねえ」

「……するのではないでしょうか」

「ちょっと実験してみてもよろしいかしら」

「ちょ、何で僕に向かって来るのですか 何故おもむろにベランダの花びらを抱え だ、駄目です 駄目です」

「大丈夫。ちょっとだけです。おとなしくなさい」

「ちょっとだけって何がちょっとなんですか やめてくだガフッ」

 

18

 寒いのでちょっと温めてください、と夜宵さまがおっしゃいました。

 しかし、何をすればよいのやら とりあえずエアコンをつけてみましたが 夜宵さまは僕の袖を引っ張って、「こっちにいらっしゃい」と言って僕をソファにお呼びになり え、や、何をなさるのですか。

 

「やはり、寒い時は人肌に限りますねえ」

 

 そうおっしゃって、夜宵さまは僕のむなぐらをつかみつつ 胸の辺りにすっかり冷え切った頬を押し付けてきます。

 苦しいので 是非やめて頂きたいのですが 夜宵さまに逆らうことはできません。

 

「僕でよろしければ いくらでもカイロ代わりにもなりますけれども」

「あらそう。うふふ」

「お寒いのでしたら毛布などお持ちいたしますよ」

「いえいえ。やはりこうして人から熱を奪うのが一番ですねえ。うふふ」

「熱を奪う ですか」

「私、幼い頃の夢は雪女でしたのよ」

「……妖怪じゃありませんか」

「雪女でしたら、熱も命も奪えますからねえ。うふふふ」

「怖いです夜宵さま」

 

19

 実は、とてもショックを受ける出来事がありました。

 なので朝からずっと家事をしつつため息ばかりついていたのですが、夜宵さまがそれに気付かないはずがありません。

 

「どうしたのイベリコ。何かあったのですか」

「あ、夜宵さま……」

「彼女にでもフラれたのですか」

「いえ、ある意味もっとショッキングです」

「何、教えなさい。他人の不幸は蜜の味です」

「言い切りましたね……実は、僕の尊敬する先輩♂が、昔、仕事の関係で中年のおじさんと まあ、そうゆう関係になったことが二回ほどあったと聞かされたのですよ」

「あらまあ」

「……ショックです」

「まあ、お金のためでしたら一度や二度そうゆう経験をしてもいいんじゃありませんの」

「や、何をおっしゃいますか」

「それはこっちのセリフです。そうゆう経験をしてこそ、真に女性をいたわる気持ちが出てくるというものですよ。やはり、他人に共感するには他人と同じ経験をすることが一番手っ取り早いですからねえ」

「……はあ。おっしゃることはわからないでもないですけれど、で、でも……まさしく世にも奇妙な世界……」

「なんでしたら私があなたに施してさしあげてもよろしいですよ」

「え」

「屈強な兄貴くらいいつでも呼び出せますからねえ。どうです、一度くらい、そうゆう経験を」

「いっ嫌です! 遠慮させて頂きます!」

「何を水臭い。いいじゃありませんの、貴重な経験ですよ」

「夜宵さま、嫌がる相手に無理やりそうゆうことをするのは犯罪です。おやめください ちょ、電話なさらないでください! ねえ!」

 

20

 バイトから帰ってみますと、夜宵さまは既に見知らぬ殿方とご一緒でした うわ、す、すみませ

 

「いちいちあわてなくてもよろしいです。何でしたらすぐに帰らせますよ」

「え、でも、そちらの殿方とのお時間を邪魔する訳にはまいりません」

「いいんです。私がいいと言ったらよいのです」

「や、夜宵さん! ちょっとそこの小僧はどこのどいつで」

「お黙りなさい。今日のところはお帰りなさい」

「えっ、ちょっと、夜宵さん! まさか浮気」

「ほら。さっさと帰れと言ってるでしょうが。しつこい男はモテませんよ」

 

 僕といたしましては、夜宵さまのアバンチュールを邪魔するなんてもってのほかでありますから、たとえこのまま公園で夜を明かそうとかまわないのですけれど、夜宵さまはさっきまで一緒にいらっしゃった殿方をさっさと外に放り出して ドアを閉めてしまわれました。

 相手の殿方に去り際に思い切り睨まれ、ああ絶対にあらぬ恨みを買った 呪い殺されるかもしれない 気分がますます重たくなります。

 

「どうかなさいましたの? また何か、顔が暗いですけれど」

「はあ。ええと、夜宵さま、先程まで僕はファミリーレストランでアルバイトしていたのですけれど、その時女子高生から『えーっとぉー、アイコ三つね!』と言われまして。戸惑っておりますと『超つかえないんだけどー』『ありえなーい』『チョマジウザくねー?』などと罵られたのです」

「おいしい経験ですね」

「罵倒されるのには慣れておりますが、おいしくはありません。ところで夜宵さま、『アイコ』とは何のことなのでしょう」

「人名ではありませんね。アイスコーヒーのことでしょう」

「あ、そうなのですか。僕はてっきり人名だと……」

「一時期レモンスカッシュのことを『レスカ』と呼称するのが流行った時期があったのですけれど、それと同じようなものでしょう」

「なるほど……勉強になりました」

「それにしても、私よりはるかに年下なあなたが、若者言葉を知らないとは何事ですか」

「も、申し訳ありませ  や、ぼ、僕は夜宵さまより、はるかに年下なのですか? 見た目は僕とそう変わりはありませんけれど」

「うふふ。知らない方がよいかもしれませんねえ」

「な、何故ですか、教えてくださいよ」

「うふふふ」

 


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