ひわの葉薬(トップ) > 夜宵さまと僕 > 141〜150


 

141

「イベリコ、週末は私と深澤嵐君を見に行きましょう」

「夜宵さま、子ぎつねヘレンを観に行くと仰ってください。思わず本気でストーカーする気かと思いましたよ」

「私は畜生になぞ興味はありません。ストーカーもいいですが」

「絶対やめてください。前評判もすごくいい映画なのですから、配役だけでなくストーリーも楽しみましょうよ。動物といえど何重もの障害を受け入れて成長していく姿は夜宵さまも学ぶべきものがきっと いや絶対に多いはずです」

「気が利かない・どんくさい・黒いの三重苦に見舞われているあなたに言われましてもねえ」

「ひ 否定はしませんが、僕は黒さでは夜宵さまに完敗ですよ!」

「当たり前です。黒さだろうとなんだろうと私がしもべより劣っている部分などありません。まあ、あなたと私のジニ係数は1ですから仕方ないといえば仕方ないことですが」

「なんだかよくわからないけど馬鹿にされてるのはわかる……」

「よかったですね」

「夜宵さま、知らぬが仏ということわざをご存知ですか」

「なんですか それ」

 

142

「それにつけてもイベリコ? あなた、仮にも文系を名乗る分際で夢野久作『ドグラ・マグラ』に今更ハマるなんてどういう了見なのかしら」

「ええー……いきなりそんなことをおっしゃられましても」

「この前は唐突に『テニスの王子様』1〜9巻をまとめ買いしてくるわ 今更夢野久作だわ、やりたい放題ですね。いいこと? 文学界における夢野久作や少年漫画界における『テニスの王子様』は、猟奇殺人界で言えばアーサー・ショウクロス級の知名度なのですよ?」

「また一部の好事家にしかわからないたとえを…… い、いいじゃないですか。ハマる時期は人それぞれですよ」

「とはいってもあなた、私の所にしもべとして就職してきたのですから、少しは私を見習って毎週欠かさずありとあらゆる少年誌を買い込む努力をしたらどうなのですか。せめて『テニスの王子様』全キャラ網羅するくらいはしたらどうですか」

「や 僕は別に少年キャラ目当てでなくて、バーニング波動球が好きなのと ヒロインの桜乃ちゃんと杏ちゃんが可愛いのとで読んでいるのですけど」

「まあ よりによって中学生女子キャラに萌えているの? ロリコンね。犯罪者ね。逮捕されなさい」

「夜宵さま、自己矛盾してますよ」

 

143

「おはようございます夜宵さま。朝から撮り溜めた美少年盗撮DVDをご観賞中のところ申し訳ございませんが、今日は確かご予定があったのでは」

「予定? ああ、私のお財布(注:金ヅル)の一人がしつこく食事を奢らせてくださいと土下座するものですからホテルで食事する予定でしたが、登校途中の半ズボン美少年をつぶさに観察したこのDVDに比べたら 顔ダニのように取るに足らぬことですよ。そんなことよりあの子! 後列左四番目のりんごほっぺ美少年! 今時珍しいくらい清純そうな黒髪に半ズボン、おまけに鼻の頭のばんそうこうですよ! 今時! ああ、あのつぶらな双眸を私に一点集中させたい! 焼け付くほどに!」

 

 今なら夜宵さまが誰に刺されても驚かない。

 

144

 一日の家事を終え ソファでくつろぎつつ『封印作品の謎2』を読んでいると、いつの間にか後ろから夜宵さまが覗き込んでおられました。

 どうも夜宵さまは、藤子不二雄先生の作品であります『オバQ』の項目が気になるご様子。と 思っていたら、後ろからグイグイしなだれかかりながら読み始めましたよこの人ァ。

 

「夜宵さま、軽いですがちょっと読みづらいです」

「ほう、『重い』という言葉を遣わなかったのは褒めてあげましょう。いい子いい子」

「今ほんの少しでも嬉しいと思った自分が心底可哀想でなりません。お読みになりたいのでしたらお貸し致しますよ」

「いえいえ。私はこうして後ろから眺めるのがすき」

「言い方はロマンチックですが、構図的にはそこいらの中学生がじゃれあう光景と大差ないですよ」

「『オバQ』が封印作品であることは知る人ぞ知る事実だったのですが、この本の普及が『オバQ』復刊の足がかりになると良いですね」

「僕の遠まわしな抗議を爽やかに無視なさいましたね夜宵さま。存じ上げまぜんでしたが、夜宵さまは藤子作品がお好きなのですか」

「むしろ私から藤子作品を抜いたら何が残るのかというほどに読み漁っていますよ。マイ最萌え藤子キャラは『怪物くん』のヒロシ少年です。まあいずれにしてもやはり友情は基本です。朝露に濡れた薔薇のようにかぐわしい少年が育む友情あってこそ少年の魅力が更に映え光るのです」

「やっぱりそこなんですか」

「あ、もちろん『オバQ』の正太君もいいですよ? けれどぶっちゃけ私は友情のお相手は人型が好みなのでどうしても」

「いえ そこをフォローして頂きたいのではなくてですね」

 

145

「夜宵さま……あのう……その……」

「なんですかイベリコ。歯切れが悪いですね。歯の間にとうもろこしの繊維がまんべんなく詰まってでもいるのですか」

「やけに具体的に推量なさらないでください。あの、その、りょ、旅行に……行きたいので……三日ほどお休みを頂けたらと思」

「却下」

「早っ! 史上稀に見る早さで却下なさいましたね今!」

「というかですね。いい加減、私に面と向かってそんなお願いをするだけ時間の無駄ということに気が付いたらいかが」

「じゃあどうすりゃいいのですか……夜宵さまと駆け引きだなんて、そんな大魔王にデコピンで立ち向かっていくような恐ろしいことが僕のような善良な一市民に出来るはずも」

「あら、あなた顔にゴミがついてますよ」

「痛だだだ!? いやこれゴミでなくて鼻ですから!」

「大差ありませんよ くす」

 

146

「いかがなさいました夜宵さま、そのようにため息など」

「いえね、イベリコ。先日からあなたが何か言ったら『どこのアゲ♂アゲ☆エブリ騎士ですか』と突っ込もうと思っていたのですが、機を逃している内に旬まで逃してしまったようで」

「や 何を言えばそんな突っ込みを食らうんですか僕は」

「あらあなた、私にセクハラ発言させるつもり?」

「せ、セクハラなんですか!?」

 

147

「ねえイベリコ、『ほんじょ』と聞いて地名を連想するか本上まなみだと思うかによって人間性がはかれると思いません?」

「僕は本所の七不思議を連想したのですが」

「そんなあなたの頭が七不思議ですね」

「夜宵さまほどではありませんよ」

 

148

「イベリコ、私のためなら『三回まわってワン』が出来ますか?」

「出来ます」

「……まさか断言されるとは思わなかったですよ」

 

149

「……あのう夜宵さま、今 玄関前に ものごっつい高級車が止まって運転席の窓から絶世の美男子がにこやかに手を振っているのですけど」

「無視していいですよ。ディーノを買ったくらいで浮かれ惑うような安い輩は一緒に食事をしてあげる義理もありません」

「ディーノってあのエンツォ・フェラーリの息子アルフレッディノにちなんで名付けられたとかいう、あの車ですか」

「ほう免許も持っていない犬ごときがよく知ってましたね。偉い偉い。あなたのことですからてっきり男爵ディーノしか知らないと思っていました」

「頭を撫でるなら罵倒しないでください。一応 男爵だけでなくディーノ・ブッツァーティも知ってますよ」

「まあブッツァーティもだいぶあなたらしいですけど。……そうね、男爵ディーノの好むアルコールはなんだかご存知?」

「白のシャンピニオン・スペチアーレ十五年物です」

「間髪いれずに正答できる辺りがマニアの証ですね」

「……即座にそれが正解だとわかる夜宵さまもなかなかのものだと思いますが」

 

150

「夜宵さまには初恋などございましたか」

「なんだか引っかかる言葉ですがまあいいでしょう。初恋ですか。私の初恋は『突貫小僧』の青木富夫さまです」

「さ、さま付け……?」

「青木富夫さまのそれはそれは愛らしい表情やあどけない仕草や少年らしいのびやかな肢体にファンならずとも俺のハートにメラズッキューンですよ。青木富夫さまはその後子役として数々の小津映画に出演され、時代を超えてその御名をお残しになりました。その数々の綺羅星のごとき作品は膨大な量にのぼりますが、まあ私ほどのものとなればフルコンプ(子役時代限定)は当然ですね。『突貫小僧』にいたっては十四分という短編映画ながら二十四時間ぶっ通しで見ても飽きないどころか、今でも見るたび恋に落ちるようで甘酸っぱいときめきが……!」

「……夜宵さま、その時はおいくつでいらっしゃってグハッ!」

「誰が魔女ですか 誰が」

「そんなこと申し上げてないじゃないですか!」

 


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