ひわの葉薬(トップ) > 夜宵さまと僕 > 111〜120


 

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 台所の掃除をしておりました所、唐突に後ろから肩をつつかれました。ものすごく嫌な予感とともに振り向くと、何やら両手いっぱい怪しげな本を抱えた夜宵さまが立っておいでです。嫌な予感もMAXです。

 

「夜宵さま、その本は一体……なんか一番上のタイトル、『地獄の淫乱人妻』とか書いてありますけど」

「『狂気!快楽責め淫虐の檻』もありますよ。ところでイベリコ、私 最近ジェンダーの問題に大変関心がありますのよ」

「その割にフェミニストが見たら焚書したくなるようなタイトルの本ばかりですね」

「クス、あなたのようなわんこの浅慮ではその程度の推測しか出来ないのでしょうね。ここにあるのは男性向けエロ本と女性向けエロ本です。百合本とやおい本とハードエロ本ですね!」

「わんこでなくてもそんなこと想像もつきませんよ……そんなけったいなもん両手いっぱいに抱えてどうかなさったのですか」

「男性向けエロといえばストーリーは何もなくてただ十八禁描写が延々続くだけのリビドーだだ漏れエロというのが一般の認識と聞いたもので」

「どこの誰がそんなことを吹き込みやがったのですか夜宵さま」

「私は思いました。それならば女性向けはどうなのでしょう。女性はいやらしいことよりもそこに至るまでの過程を重視しているのでしょうか、と……そこで大量購入させた訳です」

「ご自分ではご購入されないのですね」

「ええ。あなたに買いに行ってもらおうかと思っていましたが、あいにくと肝心な時に友達と飲み会などというどうでもいいイベントに出かけていってしまうのですもの」

 

 フンとつまらなさそうに鼻を鳴らす夜宵さま。心の底から友人たちに感謝します。僕はさりげなく掃除を再開しつつ、結果をお尋ねしてみました。

 

「……で、結局いかがでしたか」

「まあ女性向けのやおい本でも同じようなのはありましたねえ」

「まあ行き着く先は皆同じなのかもしれませんね」

「そうですね。ですけれど、私、女性ですからそんな風に感じるのかもしれないのです。ねえ?」

「……夜宵さま? え? すいませ、ちょ、押し付けないでください、こんなもんどうすりゃいいのですか!」

「明日までにそれを読んで感想文を書きなさい」

「感想文!? エロ本を読んで!? しかもけったいな趣味嗜好の本まで混じってるのに!?」

「エロ本を読んだだけでお給料がもらえるのですから感謝なさい。それじゃ、楽しみにしてるわ。ああそうそう、私の用事があるというのに飲み会に行った罰として後で本代を全額請求しますからね」

「ば、馬鹿なッ……!」

 

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「イベリコ、私 最近 日本の漫画に興味がありますの。あなたのお気に入りの漫画を教えてくれないかしら」

「うーん、少年漫画でしたらやはり無難な所で『ドラゴンボール』ですね」

「ああ あの、地上最強のニートが家庭を顧みず宇宙のチンピラと喧嘩しまくって最後には観衆の目前で見ず知らずの少年を公開拉致して終わった漫画ですか」

「夜宵さま、どれだけ歪んだフィルターをかければそんなことになるのですか」

「あら、じゃああなた、私が言ったことがウソだとでも」

「……そ、そりゃ、ウソでないっちゃあ ウソでないですが!」

 

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 何故、僕は、エロ本数十冊の読破と感想文作成を強要するような方にお仕えしているのでしょうか。

 ……てなことをふと思ったのですが、それは多分思ってはならぬことなのでありましょう。

 何はともあれ泣きながら徹夜で仕上げた感想文(A4レポート用紙十九枚分)を提出しに参りますと、夜宵さまは真っ白なテラスで優雅にアールグレイを傾けながら読書をなさっていらっしゃいます。しかも、僕を見るなりそよ風に髪をなびかせつつ「あらどうかしましたの犬」と開口一番ブッ刺してこられました。うわぁ、今すぐ死にてぇ。

 

「感想文を提出しに参りました」

「あらそう……本当に書いてくるとは思いませんでした。本気にしちゃって、まあ」

「いや、ちょっと、その気がないのでしたら申しつけんといてくださいよ。本気にもしますよ」

「まあ書いたこと自体は評価してあげます。それじゃ、イベリコ? あれらの本を読んだ感想を一言で言うとすればどんなもんでしょう」

「……まあ、男も女も妄想で書いてありますから、全体的に非現実的で夢見すぎというか何というかその」

「いえ、私はそういう態度が正しいと思いますよ。だってねえ、百合本なんてこの世の美少女すべてがレズであるという前提に則って書かれているものがほとんどじゃありませんの。ねえ」

「ほとんどかどうかは存じ上げませんが……」

「やおい本も似たようなものだったでしょう?」

「あの、ぼかぁもう何も思い出したくないのですが」

「大体やおい本に出てくる男の子なんてみんな妄想の産物です。少女漫画によくあるような美形で自己主張が強くて性的に淡白な十代男子というのもまったくあり得ませんが、女の子みたいな可愛い男子がゴロゴロいるような世界がどこにあるというのでしょう。スカート履かせたくらいで美少女になるような少年がそんじょそこらにいるはずないんですよ! カスどもが!」

「や、夜宵さま!? そんな話題で興奮なさらないでください!」

「それにしても少女漫画ではちょっと強引で一途で下半身と脳が直結していない美少年が好まれるというのに、やおいでは逆ですよねえ。なぜかしら。出てくる同性カップルはかっこいい少年と可愛らしい少年ですけど性的には」

「それ以上おっしゃらないでください。あの、さっきから何故やおいにばかり話が偏っているのですか」

「私は百合には興味ありません」

「きっぱり言い切りましたね……そりゃ夜宵さまとしては少年の方がお好きでしょうけど」

「やはり社会全体がメス化しているのかしらね」

「どこからどのようにしてその結論に行き着かれたのですか夜宵さま」

「だってほら、やおい本に出てくるのは小奇麗な十代少年ばかりでしょう。ちょっと髪の毛いじれば女の子になりそうな。これってやはり男性の女性化が望まれているということじゃありません?」

「あの、ぼかァ もうあれ読んだこと自体思い出したくないんですけど」

「ほう。じゃああなたに『筋肉男アンソロジー 〜君の胸板に埋もれたい〜』を耳元で朗読してあげましょうか?」

「なんなんですかその禍々しいタイトルは」

「ええい、さっきから聞いていれば! ちょっとはっきりさせてもらおうじゃありませんの、あなた メス化とオス化のどちらがいいと言うのです!」

「ええ!? ですからなんでそんなことになるんです!」

「じゃあオス化がいいというのですか! 人類 皆 毛まみれのガッチリムッチリマッチョッチョですか!」

「マッチョッチョ!? いや、どっちも願い下げですよ!」

 

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 夜宵さまの元でいただくお給金だけでは食っていかれないので、僕は他にいくつかアルバイトをしているのです。もっとも正社員より気楽なアルバイトといえどこの不景気でそうそう労働条件がいいはずもなく、帰る頃にはくたくたの日干し状態です。

 そして帰宅すればしたで、待っているのはあのお方です。二年近くお仕えしておりますが、いまだにあの方の行動は(美少年関連以外は)予測不可能です。僕はかねてから呪いや霊媒に興味があるのですが、幽霊よりもUMAよりもこのような人間が現実に存在することが何より不思議だと最近気が付きました。

 しかしながら夜宵さまと僕との間には、それこそアメリカ大陸からイングランドよりも遠くマリアナ海溝最深部よりも深い差が開いており、夜宵さまとは違う世界で生きている僕が夜宵さまを理解出来るはずもありません。そもそも僕が昼間から酔っ払っているリストラ直後のおじさんにさんざん上から下まで罵られた挙句に得られるお金は、夜宵さまがちょっと微笑みながらラブリストの一人に貢がせる金額の万分の一にも満たないのです。……人生って、本当に不公平だ……ッ!

 疲弊した肩を落としてご挨拶申し上げつつ玄関をくぐりますと、開け放たれた居間のドアから夜宵さまがこちらを振り向いて微笑んでいらっしゃるのが見えました。見た目だけは、本当にお美しいのですが。

 

「おかえりなさい。そんな腐りきったメガロマウスのような顔をしてどうかしたんですかイベリコ」

「ただいま帰りました。出迎え早々ヒトの顔を深海魚にたとえるのはおやめください夜宵さま」

「ところでイベリコ? あなた、文系人間でしたね。ちょっと即興で純愛悲恋感動巨編を私のためだけに書いていただけないかしら」

「ええっと、即興では無理だと思いますが……まあ時間があれば……」

「そう、それじゃあ主人公の名前は『快便うん子』でお願いするわ」

「どれほど感動的な場面を設定しても名前でぶち壊しですよ夜宵さま」

「それは名前でぶち壊される程度のものしか書けないあなたの才能がうん子なんですよ、この大便が!」

 

 きっと火星人であっても夜宵さまを理解することは出来ないのでしょう。

 

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 僕の前で、勝ち誇ったようにあぐらをかいて 普段ならばめったに見せない笑顔(嘲笑)を嫌というほど見せつけているのは、僕の知人でヤブ医者の雅巳さんです。

 

「また俺の勝ちだな。弱すぎるぞイベリコ」

「……うっ、うるさい! 大体なんで昼間っから人の家に来てギャンブルあっち向いてホイやろうなんて言うんですか!」

「言い訳無用だ。さぁて、三回勝負で負けた方はなんでもするという約束だったな」

「はア!? そんな話聞いてないんですけど!? 卑怯者!」

「何言ってやがる。俺がそういう人間だというのを忘れたのか」

「開き直るなああ!」

「罰ゲームは何にしようかな……俺の作った薬の実験台にでもなってもらおうかな。新型爆薬の」

「ば、ば、爆薬!? 飲めと!?」

「嫌か? じゃあお前、夜宵さんに『ずっと前から好きだったんだ……夜宵、愛してる』と言いながら押し倒せ」

「雅巳さん、そんなに僕に死んでほしいですか」

「お前が死んだら人類初の死者復活実験の試験体に使ってやるから、安心して逝って来い」

「そんな成功見込みゼロの実験のどこら辺に保険となり得る要素があるんですか この野郎」

 

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「イベリコ。『ア○スとち○こ』。○に入る文字をそれぞれ答えなさい」

「……あ、『アリスとちづこ』」

「そう。じゃあそのタイトルで一本小説を書いてくださる?」

「えええ!? アリスとちづこって誰なんですか!?」

「私が知っているはずないでしょう。あ、内容は恋愛ミステリーファンタジーで、主人公は親の仇を追う内に異世界に迷い込んで四つの水晶を集めるために無敵ロボ魔神ハルモーノ・クリアランスを操り正義の勇者に封印されハッピー・エンドっていう設定をお願いしますよ。原稿用紙一枚以内で」

「その盛りだくさんな内容で原稿用紙一枚!?」

 

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「よぉイベリコ。さっそくだが俺の書いた小説を見てくれないか」

「ぎゃあああああッッ! ま、ま、雅巳さん!? なっ何テメェ人が風呂入ってる時に土足でッ!?」

「男同士だろう。照れるなよ。いいからさっさと読め」

「照れじゃない! 断じて照れじゃない! ……く、夜宵さまには後からきっちり申し上げておかねば……とりあえず湯船に近づかないでください。ええっと、それで、なんなんですかねコレは」

「俺、貧乏だろ。医者なのに。だからエロ小説家に転向しようかと思って」

「随分な前歴のあるエロ小説家ですね……雅巳さん、小説書いたことあるんですか」

「一度もない」

「……国語の成績は」

「良くて二かな」

「へえ……」

「十段階評価中で」

「底辺ですね」

「でもこれ書くためにエロ漫画読んで勉強したんだぞ」

「エロ小説なんだから小説読みゃいいじゃないですか……どれどれ」

 

『 バッ!

 男は着物を脱ぎ捨て耳まで裂けた口を開けて笑った。

「フハハハハ! 突っ込む! 突っ込むぞォ! 食らえ! 天誅ウウウウッ!」

 ズギャーン!

「ぐギャアアあああああッ!」

「ふははは! 良いか! どうじゃ! メス豚め! 良いかアアああ!」

「ギャアアアーッ! いい! いいィィああああああーッ! ぐわっ、ぐわっ、グワアアアアア!」

「狂えー! よがり狂えーッ! そしてその地獄の穴から汚い汁を吹き上げるのだ! フハハッハハア! 死ねエ! 死んで世間に詫びろオーッ! フハハッハハハハハアハアアアアッ!」

「ヒギャアアアアーッ! 死ぬアーッ! 死ぬうぅぐえぇがああああああ!」』

 

「あの雅巳さん、原稿間違えてますよ。これエロ小説じゃなくてアクション小説の原稿でしょう」

「いや、これで正しいぞ」

「……ええと 何の漫画参考にしたんですか雅巳さん」

女犯坊

 

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「おはよう、気分はいかが?」

「おはようございます夜宵さま……あの、何故僕はこんなレース付きフリフリドレスを着ているのですか」

「まあ! 何をおっしゃるのかしら。あなたはこれから某国王室に嫁ぐイベリ子姫じゃありませんの!」

「へ? な、何が?」

「さあさあ花嫁衣裳は既にそろっているのです。そんな寝巻きなど着替えてお化粧なさって!」

「夜宵さま、朝起きたら女の子になってましたなどというSFまっしぐらな設定で騙そうなんてだいぶ虫の良い話ですよ」

「ああもう、つまらないですね! せめてノリツッコミくらいしたらどうなの!」

「したら際限なく続くじゃないですか!」

「こうなったら私の知り合いの科学者に飲むだけで性転換できる薬を作らせようかしら」

「ちょ、夜宵さま、危険なことはお考えにならないでくださいよ」

「第一試験体は当然あなたですよねえ」

「『ねえ』と念を押すまでもなく嫌ですよ僕は!? 何でそんな人類初の試みを嫌がらせに使おうとなさるのですか!」

「これが私の生きる道ですから」

「お願いですからいらん方向にいらん道を開拓なさらないでください」

 

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 今日。ダイニングテーブルを片付けておりますと、夜宵さまがお電話で「ねえ、あなたのテレビ局で『しもべ改造計画』っていう企画はやりませんの? 予算? そんなものいくらでも割いてあげますから全国放送で企画しなさい。それじゃ一ヵ月後を楽しみにしていますね」とお話ししておられました。

 もしもおしゃれ的な意味での「改造」でなかったら、僕は一ヵ月後どうなっているのでしょう。犬化?

 

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「イベリコ、私 重婚してみたいです」

「夜宵さま、どこからツッコミゃあ良いのですか」

 


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