ひわの葉薬(トップ) > 夜宵さまと僕 > 1〜10


 

 僕のご主人である夜宵さまのお誕生日が近いのです。

 しもべである僕は夜宵さまに何かプレゼントを差し上げねばならないのですが、あいにく夜宵さまがお喜びになるようなプレゼントが考え付きません。

 悩んだ挙句、変な物を差し上げてしまうよりはと、夜宵さまに直接お聞きすることにしました。

 

「夜宵さま、お誕生日が近いですね」

「そうですね」

「何かほしい物はございますか?」

「でも、私がほしいものはあなたには買えない物ばかりですよ」

 

 夜宵さまはびっくりするほどお金持ちです。対して僕は、持っているものなんて名前くらいしかありません。

 

「で、でも、僕だって夜宵さまにプレゼントを差し上げたいです」

「はぁ……じゃあ金目の物をいただけるかしら」

「金目のものですか?」

「内臓って、高く売れるんですよ」

 

 夜宵さまは、僕のことがお嫌いのようです。

 

 夜宵さまは、とてもお金持ちでいらっしゃいます。その上、美しくて、優しくて、声だって髪だって肌だってなめらかでいらっしゃいます。

 そんな夜宵さまは、当然のことながら、男性にとても人気があるのです。ゆえに夜宵さまはいつも違う男のひととお付き合いしていらっしゃいます。とっかえひっかえという奴です。いや、ハーレムでしょうか。

 

「夜宵さま、夜宵さまはどのような殿方がお好みなのですか?」

「あら、そんなことを聞いてどうなさるおつもりです」

「い、いえ、やましいことではございません。夜宵さまはいつも違うタイプの殿方を連れていらっしゃるものですから」

「……ううん、これといって決まってはいませんけど」

「けど?」

「一番良いのはやはり可愛い男の子ですねえ。小学生くらいの」

 

 いやそれは犯罪ではないのですかと申し上げようとした僕は、夜宵さまのギラギラした瞳に思わず言葉を呑んでしまいました。

 

 今日は、夜宵さまがお早くお帰りになるということで、僕は仮病を使ってバイト先から帰ってきました。

 夜宵さまはお金持ちですが謙虚な方なので、こぢんまりした一軒家に住んでいらっしゃいます。雇われている使用人は僕一人だけですから、僕は夜宵さまの召し上がる料理も作らなくてはなりません。一刻もはやくうちに帰っておいしいものを作らなくては殺されかねない といさんでドアを開けましたら うわあ玄関先で何をなさってらっしゃるんですか夜宵さま!

 

「あら、早かったのですねえ」

 

 早かったのですねえ ではないです 玄関で男のひとと全裸で抱き合わないでくださいと僕が言う前に、僕を浮気相手と勘違いした相手の男のひとが僕の胸ぐらをつかみ上げ

 

 夜宵さまはとても心優しいお方なので、動物が大変好きでいらっしゃいます。

 この間も、保健所で薬殺処分されそうになっていた子犬を引き取っておいでになりました。夜宵さまの運営なさるウェブサイトで捜せば、飼い主はすぐ見つかるのだそうです。

 

「イベリコ、埼玉の方に引き取って頂けるようですよ」

「わあ良かったですねえ」

「本当に良かったです。生まれてきた命は何であれ大切にしなければなりませんよね」

 

 そう言って嬉しそうに微笑む夜宵さまはとてもきれいです。

 

「夜宵さま、夜宵さまは犬を飼うことはなさらないのですか?」

「あら、どうしてですか?」

「夜宵さまは動物がお好きですし、うちは庭のある一軒家ですし、むしろ犬がいない方が不思議ではないでしょうか」

「いいんですよ」

「もしかして、猫の方がお好きなんですか?」

「ウフフ、飼うのはヒトだけで十分です」

 

 そう言って微笑む夜宵さまも、やっぱりきれいです。

 

 夜宵さまは、ギャンブルがお強いです。競馬をやってもブラックジャックをやってもいつも勝っておしまいになります。僕のお給金は夜宵さまのお戯れでむしられます。ほぼすべて剥ぎ取られるので、僕の労働の90%以上は事実上タダ働きです。

 

「……夜宵さま、夜宵さまはギャンブルがお好きなのですね」

「好きというほどでもないのですけど」

「じゃあせめて僕のお給金までむしらないでください。毎日バイト三昧になったら夜宵さまのお世話をすることが出来なくなってしまいます」

 

 お給金がなくてもバイトをすれば何とかなるのですが、バイトで稼いだお金まで取られるので僕としては切実です。しかし夜宵さまはウフフと微笑み、涙目の僕を小突きました。

 

「ならもっと熱く勝負なさいな。生活費がかかっているのですから」

「夜宵さま、ギャンブルは熱くなったら負けだといつもおっしゃるじゃありませんか」

「ええそうですよ。ギャンブルと恋愛は熱くなった方が負けです」

「じゃあ少しギャンブルは控えさせてください」

「駄目ねえ。ギャンブルと恋愛は、熱くなるからこそ面白いんじゃありませんの」

 

 夜宵さまは、当分僕を開放なさるおつもりはないようです。

 

 古典の好きな夜宵さまは、百人一首が特にお気に入りでいらっしゃいます。今日もロッキングチェアーに腰掛け、居間をクイックルワイパーで掃除していた僕にとくとくと話しかけます。

 

「百人一首の歌はとても情熱的で、いい歌ばかりですねえ。私は小野小町の歌が好きなんですけど、イベリコは何が好きなんですの?」

「ぼ、僕ですか……ちょっとよくわからないんですけど」

「教養の内ですよ。勉強してらっしゃい」

「は、はい。えっと、夜宵さまのお好きだという歌はどのようなものなんでしょうか」

「『花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる 眺めせし間に』です」

 

 よくわからないなあと思っていますと、夜宵さまは微笑んで解説してくださいました。

「花の色が移りゆくように、私の美貌も恋を重ねる内に年月が経って色あせてしまったわ……という歌です」

「はあ。夜宵さまはこの歌のどこがお好きなのですか?」

「教訓めいたものを感じているのです。美貌を鼻にかけて恋をしていると男は離れていってしまいますから、しっかり心の底から虜にしておかないといけませんねえ」

 

 そういう教訓の取り方は少々一般常識からかけ離れているのではないかと思いましたが、もちろんそんなことを僕が申し上げられるはずもなく。

 

「やあいい天気ですね夜宵さま」

「天気でおなかはふくれませんが」

「すいません すぐ何か作ります」

 

 今日は夜宵さまのお誕生日です。

 しかし僕が差し上げられるものは何かございますでしょうかと夜宵さまにお聞きしたところ「内臓」と言われましたので、夜宵さまのご希望通りのプレゼントを用意することはできませんでした。ていうか、「内臓」って。

 多分冗談だとは思いますけど、夜宵さまは少々アブない事業にも手を出しているそうなので、あながち冗談と言い切れないのが怖いところです。

 

「夜宵さま、お誕生日おめでとうございます」

「どうもありがとう」

「さすがに内臓は用意できませんでしたが、今日は僕が頑張ってフルコースディナーをお作りいたしますので」

「あらそう」

「ですからなるべくお早くお帰りくださいね」

「今日私は銀座のレストランで夕食をとるので嫌でも遅くなりますから、それは無理ですね」

「夜宵さま、僕がお嫌いならどうして雇っていらっしゃるのですか」

 

「夜宵さま、あのう」

「何ですか。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」

「それじゃ申し上げます。夜宵さまは、どうやってお金を稼いでいらっしゃるのですか。このご自宅自体はごく普通のお宅ですけれど、夜宵さまは高級ブティックのお得意さまですし、宝石だってたくさん持っていらっしゃいますよね」

「あら、言ってませんでしたっけ。というか、あなた、私の職業も知らないのに私の使用人やってたのですか、今の今まで」

「す、すいません」

「うーん、ま、知らなくても良いですよ」

「や、知らなくても良いですよ でなくて、夜宵さま、もしかして相当アブない仕事でいらっしゃるのですか」

「イベリコ」

「は、はい」

「もしかして、あなた、私の名前も知らないんじゃなくて」

「へ。いえ、夜宵さまは夜宵さまでいらっしゃいますでしょう。黒い川に、夜に、宵とお書きになって『くろかわやよい』さまで」

「いやですねえ。そんな、同人女みたいな狙った名前な訳ないでしょう」

「え……じゃ、じゃあ、ご本名は……? なんで夜宵さまは夜宵さまとお名乗りになっていらっしゃるのですか……?」

「まあ。同人誌のペンネームにしていましたとでも言えばいいのですか」

 

 ああそういえば夜宵さまのお名前は『やおい』と七割弱ほど同じですねえとうっかり言ってしまった僕のみぞおちに夜宵さまのローキックがきれいに決まり

 

10

 夜宵さま、昨日の僕の話、まだ怒っていらっしゃるようで。

 確かに「夜宵さまの名前は『やおい』と似ておいでです」などと言ってしまえば夜宵さまから足蹴にされようと拳で殴打されようと仕方のないことですけれど、「帰る」とおっしゃったのに帰らないというのは、是非ともやめて頂きたいのです。おかげで僕、心配で心配で夜も眠れず、ついに一睡もしないまま朝が来てしまいました。

 

「ただいまぁ」

 

 ただいま ではないです 一体何がどうしたのですか 昨日のことでしたら僕が全面的に悪いのですから謝ります ですからもう連絡なしに朝帰りなどおやめください。

 ……というようなことを心の中で絶叫しつつ、僕は温かく夜宵さまをお迎えします。表向きは。

 

「ときにイベリコ あなた同人誌について詳しいですか」

「えっ、僕は高校時代漫画研究部でしたからひとよりずっと詳しいですけれど」

「キモオタでしたのね」

「おやめください。僕は別にキャラクターに萌えていた訳ではないです」

「萌えていようがいまいがそんなオタクの巣窟に存在していることに疑問を払わない状態そのものがキモオタなのですよ。ときにあなた、ペンネームなどありましたの?」

「ぺ、ペンネームですか。はい、一応ありましたけど……」

「教えなさい」

「は、はい。えっと、『迩影繻沙(にかげしゅさ)』と申しておりました うわああああ 恥ずかしい そ そんな目でご覧にならないでくださ」

「あれですか。やおいなども描いていらしたの」

「や、僕はそんなことは。周りの女の子たちはキャッキャッと嬉しそうに美少年同士を乳繰り合わせていましたけれど 漫画研究部がすべてやおい好きな訳がありません」

「では、そんなやおい好きのあなたに新しいペンネームを授けてあげましょう。感謝なさい」

「やおい好きではないです 新しいペンネームですか。うわあ やな予感がします」

「お黙りなさい」

「は、はい」

「よろしいこと? 今日からあなたのペンネームは『どす恋』。本名は『若ノ花てらお』です」

「え、や、ど、『どす恋』てなんですか。しかも何故僕の本名までお決めになるのですか。僕には既にイベリコ・ブッタ(仮名)という名前が」

「お黙りなさい」

「は、はい」

 


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