ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 8


 

嫌な目

 いつの頃からかわかりませんが、おとなりのミサさん 自殺未遂を繰り返すようになり、救急車がやって来たことも 一度ならず 二度三度。そのミサさん、あんまり自傷が激しいものだから、半年ほど前 精神病院に入院させられてしまったのですけれど、つい最近 こちらに帰ってきたのです。

 そんな真夜中。吉幾三が北島三郎と一緒に綱渡りをしつつ殴り合っている夢を見ていると、ふいに揺り動かされ、目覚めてみれば

 

「おはよ」

「ぎゃーっ!」

「ぎゃあ とは失礼ね。仮にもレディが、こんなムサ苦しいやもめの家にやって来たというのに」

 

 そう言って眉をひそめるのは、入院前よりいくらかふっくらしたミサさん その人。いや、レディは真夜中に勝手に他人の家に入ってきたりしないと思うのですけれど。

 

「ななな何の用ですか!」

「ううん、ちょっとねえ、手伝ってほしいことがあって」

「もしかして、例の自殺未遂のお手伝い?」

「そう」

「お断りです。帰ってください」

「いやあ、私、死のうと思って身体 切り刻んでるわけじゃあないの。だから自殺未遂って言うの、本当は正しくないんだ」

 

 よくわからないけど と首をひねっておりますと、ミサさん いきなり上着を脱ぎ シャツを脱ぎ 肌着を脱ぎ  ……ってちょっと待った! ちょっと待った!

 

「何してんすか! ひとんちで!」

「何って、脱いでるんだけど」

「脱いでるのはわかります! わかりますが何で脱ぐ必要があるんですか! この状況じゃあ僕が連れ込んで脱がせたとしか思えないじゃないですか!」

「かもしれないけど、別にそんなこたあどォだっていいのよ。さあ、どう?」

 

 どうと言われても。彼女は止めるのも聞かずに全裸になって何の恥ずかしげもなく仁王立ちしながら僕に意見を求めてきますが、なんというか、彼女の全身 大小 長短 深浅 どこもかしこも痛々しいほど傷だらけで、色気よりも寒気を感じます。

 

「……傷だらけだね」

「そう、私がつけた傷だから。でも、まだ完全じゃあないの。全身 傷で埋め尽くすまで消えないから。あいつはまだ私を嫌な目で見てるから」

「あいつって……」

「病院に入院してから、あいつ いなくなったの。だから私 安心して、身体も切らないで、おとなしくしていたんだけど、今日 ふと思ったのよ。あいつはいなくなったんじゃあなくって、きっと、私が見えないところにいるんだって。ほら、いるんでしょう? 教えてよ。どうしても、鏡じゃ確かめられなくって」

 

 そう言うと彼女は後ろを向きました。

 彼女の背中 首筋 背骨の辺り プツプツと小さな黒い発疹があり、よく見るとそれは、細長い楕円で 真ん中にマルがあって。人間の目の形をしていて。 その黒目の辺りがぎょろりと僕を睨みつけ 息を呑んだ直後には ソレが彼女の皮膚の上をゆっくりと移動していき

 

「いるのね? いるのね? 今あいつはどこにいる?」

 

 脱いだ服からナイフを取り出した彼女の どくどく動く頚動脈の辺りで まだ嫌な目が僕を見ている

 

新発明

 にっこり笑って、私はその機械をなでながら説明します。

 

「これは高速ゴミ処理マシーン。これに入れればどんなものでもたちどころに かつ跡形もなく腐敗し、土に返ってしまう。そう、プラスチックだろうが アルミホイルだろうが 産業廃棄物だろうが ダイオキシン1ピコグラムたりとも発生させずに処理できるという夢のマシーンなのです」

 

 長かった……とうなずきながら涙を流す私。

 この理論を発表したせいで同業者からはせせら笑われ学会からはそっぽを向かれ、来る日も来る日も馬鹿にされ続けた私。ハンケチを噛み切って「覚えてなさい!」と遠吠えしつつ、枕を涙で濡らす研究開発の日々でした。

 

「このマシーンは人類の夢。環境を破壊することなく地球と共存していける無限の可能性を秘めた、素晴らしいマシーンなのです。これを開発するにあたって私は何もかも犠牲にしてきました。財産、友人、家族……しかしそれが一体なんだというのでしょう? 嘲笑され続けた苦悩の日々は、今 終わりを告げたのです。晴れがましい! なんて晴れがましいのでしょう!」

 

 両手を広げて叫ぶ私の耳には万来の拍手(の幻聴)が響き渡っています。差し迫る富や名声ももちろん視野にはありますが、今の私には達成感という至上の快楽が何よりも勝っており、俗物的な感情は今のところわいてきていません。

 そう、私の理論は完璧。だからこそこの機械が完成したのです。

 

「後ろ指をさしていた学者たちは、私の研究の噂を聞くたびに嘲っていました。……しかし私の研究が着実に進み、成功実験を積み重ねていく内に、今まで馬鹿にしていた学者たちはがぜんあせりだしました……何せ自分たちの馬鹿にしていた私が、今世紀最高の科学者という栄誉を勝ち得ようとしているのですから!」

 

 バッ!と白衣を翻らせる私。酔ってます。酔いきってます。先ほどワインをボトル七本空けたからでしょうか。実に良い気分です。そして饒舌です。

 この分ですと、明日のスピーチの前にもいくらか酒を入れた方がよさそうです。いやあ、朝からシャンペンなんか空けてしまってもいいかなあ? どうせその後のパーティーでもしこたま飲むのだろうから、変わらないかな。

 鼻歌を歌いながら振り向いて、私はその老人に笑いかけます。短いベルトコンベアーにセットされた老人は、猿轡のせいで何も言えず、苦しそうにこちらを見ていました。

 

「あせるあまりにあろうことか私の研究を盗み出そうとするなんて、大概 あなたも愚かですね。スピーチの練習も済んだことですし、それでは生体を用いた腐敗実験とまいりましょうか」

 

 にこり 笑って スイッチを押すと、まるで食肉加工場の景色のように、ベルトコンベアーに乗った老人の肉体が 機械に向かって ゆっくりと 動き出します。生きたまま腐食する感覚は、いかほどのものなのでしょうかねえ。

 ……と、運ばれていく老人、身体をくねらせひねらせ 猿轡を何とかはずすと、大声で叫びました。

 

「今すぐ機械を止めろ! お前が作ったのは腐敗装置でもないし私はこれを盗みに来たのでもない、その装置は動力が数年前メーカーがリコール申請したものが用いられており、テスト段階の小さなゴミならまだしも人体のような大型の物体を処理する際には主燃料と反応・誤作動を起こし大爆発を起こす可能性が」

 

 けれど彼の言葉は、最後まで聞こえませんでした。

 

正しいあり方

 平和な昼下がり。彼と一緒にリビングでお茶を飲んでいるひとときは、幸福というほどのものではないですけれど、実に穏やかで 安心できる時間なのです。

 

「僕、神なんだけど」

 

 ……その穏やかな昼下がりに何を言いくさるのでしょうかこの男は。真顔で言う彼の瞳をじっと見つめてはみたけれど、それから さて 何を言うべきか。とりあえず何故そんな突拍子もないことを言い出したのかを聞くべきかなあ。

 

「何故そんな突拍子もないことを言い出したんだと聞くつもりだろ」

「大当たりついでに、答えてくれる?」

「いやあ、それがさあ。思い出しちゃったもんだから何故も何もないもんで」

「思い出したって 神だってこと?」

「そう」

「……へえ」

「僕は自ら記憶を封印していたんだ! 実は人類は神への隷属のさだめを持って生まれてきていながら人類を愛するがゆえにそのさだめを哀れんだ神によって十億年もの間、神は自ら一切の記憶を封印して人類に一定の猶予を与えたんだ。そして十億年の時が過ぎた今、神は神としての記憶を取り戻してしまった。であるからして必然的に人類は神である僕に隷属させられざるを得ないんだ。ああ! どうしよう! 誰よりもいとしい君すらも僕は同じ奴隷である人類として扱わなくてはならないんだ! せめてもの愛の証に君の願いを何でもひとつだけ叶えようと思うのだけど、何かあるんだったら今すぐ言ってほしい!」

「じゃああなたのその記憶をもう十億年封印してちょうだい」

 

 

 

 平和な昼下がり。彼と一緒にリビングでお茶を飲んでいるひとときは、幸福というほどのものではないですけれど、実に穏やかで 安心できる時間なのです。

 

「僕、さっき君に何か言おうとしていたのだけど」

「忘れてしまったんでしょう。ならその内 思い出すんじゃあないの」

 

 それもそうだね、と彼はティーカップを傾けて笑いました。

 

やまがみさん

 その山は昼でも暗くて気味が悪いものだから、地元の人でもあまり近寄ろうという人はおらず、好奇心旺盛な子供たちですら そこで遊ぶことはありません。

 そんな山の中に何故僕らがいるのかと言いますと、そりゃ、やましいことがあるに決まっているじゃあ ありませんか。

 車から降りてしばらく散策。となりで歩く彼女をちらちら横目で見ながら、僕は歩調を速めます。

 大体の見当をつけて、ここら辺でいいかと背中の荷物をどさっと降ろし、彼女からスコップを受け取ります。なるべく、深い穴がいい。二人で掘ればすぐです。

 ハラリ めくれたビニールから髪の毛が覗き、彼女があわてて直しました。どうせ埋めてしまうのだからそんなのどうだっていいよ と口では言いますが、確かに気分は 悪い。

 あらかた埋めてしまってから、僕らは身体についた泥を少し払い、すぐに引き返しました。暗いとはいえ元来た道はわかっていますから、迷うことはありません。

 車に戻って少し休憩。煙草に火をつけると、助手席の彼女が「一本ちょうだい」と手を伸ばしました。その白い指に煙草を握らせながら、僕は白い煙をため息とともに吐いて言いました。

 

「一服したら、すぐ出よう。あまりここにはいたくない」

「まあね、不気味な所だし……でも、この山に伝わる伝説は、それほど怖いもんじゃないんだよ」

「君 そういうこと詳しいんだ。意外だな」

「そうかな。……ほら、座敷わらしとか蔵ぼっことか、そういういい妖怪っているでしょ。この山についてるのは、いい妖怪なんだってさ」

「いい妖怪なら、僕らのしたことを見咎めないはずないと思うけど」

 

 言ってから、僕は「ごめん」と口にして、うつむいてしまった彼女から目をそらし エンジンをかけました。

 こんな所には、一秒だっていたくない。たとえこの山に住んでいるのがいい妖怪だろうと悪い妖怪だろうと、そんなことは今の時分 関係ありません。僕らは即刻 この場から立ち去らなければならないのです。悪いのは彼女を虐待していた夫だけれども、僕らが人殺しであることに変わりはないのですから。

 道路を流していると フイに ドシンと すさまじい衝撃。うわっと叫んで急ブレーキを踏んではみたものの、フロントガラスの向こうには何もありません。もしかしたら何か轢いてしまったんだろうか。さーっと血の気が失せてゆきます。急いで外に出てみれば、なんだ、何もないし 誰もいない。

 どうかしたのと心配そうに声をかける彼女に「大丈夫」と微笑んで、運転席に戻ろうとすると、後ろからブレーキの音がしました。

 「どうかしたんですか」と、トラックの運転席の窓から男が顔を出しています。道の真ん中で車を降りているから不思議に思ったのでしょう。僕はあわてて「大丈夫です」と言い、すぐに車に戻ろうとして 男の叫び声に呼び止められました。どうかしたんですか と こちらから走っていけば、男は運転席から顔を出したまま 僕の車の後ろを指差していて。

 見てみれば 車のトランクがパカリと開いていて ああ これのせいで呼び止めてくれたんだなあ そんな風に思って近づいてみれば トランクの中に さきほど埋めてきたばかりの死体。

 立ち尽くす僕の後ろで 聞いたこともない声がつぶやきました。

 

『 ワ ス レ モ ノ ダ ヨ 』

 

処遇

「おかーさんただいまー」

「おかえり。……ねえ、マユちゃん。あのワイセツ事件で捕まったっていう鈴木先生、まだ学校勤めてるんだって? まったくどうなってるのかしらね。もうお母さんマユちゃんのことが心配で心配で。学校はどう言ってるの? まだ処分されてないの?」

「ええっと、ちょっとまってね」

 

あしたのこんだて

・ごはん

・ほうれんそうとにんじんのソテー

・りんごサラダ

・ビシソワーズ

・だめきょうしのハンバーグ

 

「あ、しょぶんがきまったみたいだよ」

「へえ〜……やっぱり懲戒免職かしらね」

 

門松

 門松、って、ご存知ですか。

 年賀状によく描かれるモチーフのひとつでもありますが、元々は正月飾りの一種です。門松には雄松と雌松の二種類あり、それを左右一対で飾っておくのがしきたりです。外から見て左が雄松、右が雌松です。

 元は年神さまをお招きするための目印に杉や榊などの常緑樹を用いていたのですが、いつの頃からか松が主流になったので門松と言われるようになったのです。他の正月飾りもそうですけど、要するに依代(よりしろ)のことです。ちなみに門松は他の飾りより目立つので年神さまの優先順位が高いのです。最近では門松も略式のものが販売されるようになり、団地やマンションなどの扉の左右に付けられるタイプが出てきました。

 僕のマンションでも いくつかの部屋が 扉の左右に略式の門松を付けているのですが。

 常日頃から喧嘩の耐えない夫婦として有名な山本さんの家に飾ってある門松、この間から左の雄松に五寸釘が突き刺さっているのですけど、もしかしたら 年明け早々 葬式を見る羽目になるかもしれないと思うと ちょっと恐ろしいのです。

 

雪の手

 僕が、小学生の頃のこと。

 例年になく降った雪で、街はどこもかしこも真っ白。見慣れた街の異様な風景に、純粋きわまりない当時の僕は近所の友達数人とおおはしゃぎ。神社の空き地で雪合戦などに興じておりました。

 その内 同じ学校の女の子たちも混じえてすさまじい雪の投げ合いになったりもしました。

 女子から離れての休憩中 誰からともなく「雪に隠れてあいつらおどかしてやろう」と言い出し、さっそく雪の中に埋没。こぞって身体を埋めあう小学生の姿はなかなかシュールです。もちろん僕も例外に漏れず、一番端っこで雪をひっかぶり、エモノが来るのを待っておりました。

 やがて何も知らない女の子たちが、突然いなくなってしまった僕らを捜しに来ました。ふふふ、来るぞ来るぞと息をひそめ、女の子たちが 何だか妙に盛り上がっている雪にけげんそうな顔をした時、

 

「ッキャー!」

 

 みな はかったかのようなタイミングでザッと雪から登場。当然女の子たちはあわてふためくばかり。山田君は首だけ出して奇声を上げているし、大島君は手当たり次第に雪を投げて自爆しているし、僕のとなりの奴は雪の中から手だけ出して女の子の頭をつかんだりして、それはもう大騒ぎ。そして雪の中にいたせいで全員顔色が悪かったのもとても不気味でした。

 

「もう、おどかさないでよ!」

「アハハハ、悪い悪い」

「シバタ こんな顔して『ギャー』だってさ」

「あたしギャーなんて言ってないもん!」

 

 なんだかんだ言ってみな 楽しそうに笑っていましたが、ふと気付けば 雪の中 倒れている女の子が一人。僕がひそんでいたとなりの辺りです。

 ああ、あの子はさっき、頭をつかまれていた子だ。あまりにびっくりして気絶してしまったかな、と みんな心配して助け起こしてみれば、女の子は白目をむいて 断末魔の形相。クビには青黒い手の形をしたアザが くっきりと。

 そういえば、雪にもぐり込む時 僕のとなりには誰もいなかったはず。だったらあの時 雪の中から飛び出て女の子の頭をつかんでいた手は 一体

 

ノック

 当時、まだ『学校の怪談』が流行っていた頃のこと。ある日、クラスメイトのM君が 何やら大変あわてた様子で「おい! 大変なんだ、すぐ来てくれよ」と僕の袖を引っ張ってきました。

 放課後で、もうだいぶ人もいなくなり始めていた時間帯。さっさと帰って遊びたいのに、いったい何の用だってんでしょう。大変って、まさか オレの頭が実は大変だったんだぁテヘ☆なんてオチじゃあ納得するまで土下座してもらうよ、などと インテリのO君も連れ立って三人で男子トイレへ行ってみると。

 

「なっ、なっ? 大変だろ?」

 

 M君が鬼の首でもとったかのように嬉しそうに、僕とO君の顔を覗き込んで同意を求めます。……小声で。

 トイレの一番奥。僕らの小学校(主に女子の間で)流行りに流行っていた奇妙な噂のある いわくつきの個室が、今日に限ってドアが閉まっているのです。いつもは噂のせいと 「男子はトイレの個室には入らない(入ったら死)」という暗黙の了解があったせいで、入ることはおろか皆 近づきもしないのに。

 当時流れていた噂というのは、こんな感じであります。

 昔々、学校が建てられた当初はまだ宿直の先生が夜毎に校内を見回るという習慣がありました。ある日、いつものように見回りをしていたその先生、ちょいともよおしてトイレに駆け込んだのです。それが、あの男子トイレの一番奥でした。

 スッキリしてから さて帰ろうかと戸を開けようとすると、どこからともなく奇妙な声がします。振り返っても、当然誰もいない。「誰だ」と叫ぶと、便器の中から「誰かいるか 誰かいるか」と細い声がしてくるではありませんか。先生は跳び上がるほど驚いて、一目散にトイレから駆け出しました。

 ……というような、別に誰が死ぬ訳でもない平和な噂話でした。

 その噂のトイレが閉まっている。しかも、放課後。当然トイレには物好きな僕ら三人しかいません。夕方のトイレは薄暗く、昼間にはない不気味な雰囲気が漂っています。

 ちらりとO君の方を見やると、「誰かいるかもしんねえんだし、確かめてみれば?」との冷静なご意見。ははあ、なるほど。……で、誰が確かめるんですかね。え、僕?

 僕は「いくらなんでも一人じゃ嫌だ」と余す所なくチキンぶりを発揮してO君M君の袖をつかみながら、おそるおそる「誰かいるんですかー」と声をかけてみました。無反応です。もしかしたら、中で誰か倒れているかもしれない。二人と一緒にトイレのドア前に行き、コンコンとノックしてみます。すると、コンコンと返事が返ってきました。なんだ、やっぱり中に誰かいるんだ。ものすごくホッとして、トイレを出ます。

 

「やっぱり誰かいたんだな」

「そうだね。まあ、噂は噂ってことじゃねー?」

 

 トイレの入り口横でO君と僕がそう言って笑い合っていると、後ろからずっとうつむいていたM君が、重い声でつぶやきました。

 

「……実はさあ」

「うん、どうした」

「オレ、さっきさあ」

「うん」

「お前らびっくりさせようと思って、さっきあのトイレ入って、中から鍵閉めて 中の鍵に足かけて外出たんだよ」

「え?」

「おかしいって思って、オレ 鍵かけたはずなのにって、あの個室 さっき見てみたらさ、ドアの下の隙間から 中に誰か入ってたら絶対見えるはずの足が 見えなかったんだよ」

 

 M君の言葉が終わってO君と僕がトイレの方を振り向いた瞬間、一番奥の個室のドアが勢いよく音をたてて開き、 「誰かいるか」 と 低くうめくような声が聞こえました。

 

階段降り

 同僚のDさんが教えてくれたお話。

 

「当時 私がいた中学校で とある奇妙な噂が流行っていました。真夜中の学校の階段を、四人組で屋上から一階まで同じテンポで降りていくと、一階につく頃に学校に憑いている女子中学生の霊が出てくる という 他愛もないものです。ただし、これをやっている最中は絶対にしゃべってはいけないし、目も閉じなければならないのです。

 この儀式は同級生の間で『階段降り』と呼ばれていましたが、何故『階段降り』で女子中学生の霊が出てくるのか、誰も知りませんでした。噂だけを口ずさむのみで。

 当時はこっくりさんやキューピッドさまなんてのも流行していた時代で、私は面白半分に友達三人と『階段降り』をしてみようということになったんです。私たちは同じテンポで屋上から一階まで階段を降りていくため、皆で手をつなぎあってゆっくり降りることにしました。

 『階段降り』の当日。忘れ物をしたと守衛さんに嘘をついて、私たち四人は西階段から夜の学校の屋上へ行きました。そして皆で手をつないで、目を閉じて、階段をゆっくり降り始めました。

 当時の校舎は三階建てで、階段の段数もそれほどない小さな建物でした。私たちは複数人だったこともあり、スリルを感じつつもさほど怖がることもなく、どんどん階段を降りていきました。皆と手をつないでいたから、皆そばにいると思えて怖くなかったのかもしれません。

 違和感を感じたのは、六回目の階段踊場を通過した時でした。

 半階ごとにひとつの踊場があるのですが、私たちは屋上から階段を降りて来ています。屋上から半階降りて踊場が一つ、三階から二階へ行って四つ、二階から一階にかけて五つ……一階から降りる階段はないですから、六つ目の踊場があるはずないのです。

 けれど目を開けることはできません。口をきくこともできません。私はだんだんと恐ろしくなり、隣の人の手をぎゅっと握って、どんどん降りていきました。けれど七回目の踊場を通過した所でたまらなくなり、悲鳴を上げてその場に座り込んでしまいました。

 がたがた震えながら目を開けると、そこは何の変哲もない夜の学校でした。恐る恐る周りを見回してみると、誰もいません。……悲鳴を上げる直前までは、確かに誰かの手を握り締めていたのに。

 私は転げるようにして東階段を降りて学校から出たのですが、それからのことはよく覚えていません。翌日、私は昨日のことが忘れられずに学校を休んでしまいました。一緒にいたはずの友達も皆ちゃんと家に帰っていたのですが、やっぱり皆、翌日は休んだようです。

 後から知ったのですが、当時から更に十年程前に、いじめられて事故死した女子中学生がいたそうです。いじめっこに目隠しされて階段を降りろと言われ、足を踏み外して首を折ったのだそうで。……「足を踏み外した」とはいじめっこの論ですが、彼女が死んだ状況から考えると、どうも後ろから突き飛ばされたらしい。けれど確定的な証拠がないまま、彼女の死は事故ということで処理されてしまいました。

 きっと目隠しされていた彼女は、今 自分が何階にいるのか 何段目にいるのかもわからなくて、すごく怖かったんだと思います。足がふらふらして、怖くて怖くて仕方ないのに、突き飛ばされてしまって……私もあのまま降り続けていたら、後ろから突き飛ばされていたかもしれませんね」

「けど、それはDさんの推測でしょう? 踊場の数を数え間違えただけじゃあないんですか。友達がいなくなってたのも、悲鳴に驚いて逃げたからだったとか……」

 

 僕がそう野暮な口をはさむと、Dさんは怒ることもなくにっこり微笑みました。

 

「……それでは、西階段をまっすぐ降りていたはずの私が、何故 目を開けた時に、正反対の東階段 しかも屋上に いたと思うのですか」

 

霊媒体質

 霊感があるという人の話はよく聞くけれど、霊媒体質の人の話はあまり聞きませんよね。霊感がある人に比べて絶対的に数が少ないというのと、うさんくさがられて真面目に取り合ってもらえないのが原因なのです。

 霊媒体質というのは文字通りの意味で、霊と話をしたり呼び出したり成仏させたりといったことが出来る訳です。すごい人になると、霊は寄って行くだけで成仏してしまったり 癒されて守護霊になったり してしまうのですよ。……あ、いえ、変な宗教を進めに来たりした訳じゃあないです。

 その体質というのは人それぞれで、家系ももちろん大切なのですが、修行して何とかなるもんじゃあありません。こればっかりは、持って生まれた才能なのです。ですから、霊媒体質の人は実に貴重なのですよ。うさんくさい霊媒が流行っている昨今、今すぐその才能に気付くべきなのです。

 あなたも霊媒体質なのですよ。歩くだけで、この人なら救ってくれるかも と思った霊が寄って来てしまうのです。その運命は受け入れるしかないのですから、ちゃんと霊を成仏出来るようにしないとその内 悪い霊に憑き殺されてしまいますよ。

 ですからいつまでもそんな所で震えていないで、僕を成仏させていただきたいんですけどね。

 

 


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