ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 4


 

電気コード

 弟が安かったので 帰りがけに買ってみましたところ、付属品として電気コードがついてきました。

 買った弟は室内用ですから、夜中など勝手に動かれては困る時に電気コードを抜いておけば、弟は出歩いたり 家の中のものをいじったりしないという訳です。

 最初の内は楽しく遊んでいたのですが、さすがに弟ですから、時には私に口ごたえなどして怒らせます。

 そんな時には電気コードを抜いてしまいます。ほら、もう動けない 後はいたぶり放題です うふふふ。

 そうして、弟を買ってから一ヶ月 そろそろ飽きてきたので、弟を買い換えて妹にしようかしら……などと思っていましたら、それがわかるのか、弟の口ごたえも多くなってきました。

 言うことを聞かないと電気コードを抜いてしまいますよ、とおどしますと、弟はフンと鼻を鳴らし、たたっと電気コードの所に走っていきます。

 それで防いだつもりですか やはり弟は弟ですねえ と私、笑っておりましたところ、弟はニヤリと笑って、自分から電気コードを引き抜きました。

 そのとたん、私の視界は真っ暗になって、身体が動かなくなり、息が止まり どすっと倒れて 身動きひとつできない私の耳元で きしむ床の音が響き、弟が ゆっくりと 近づいてくるのがわかります。

 ああ、弟が抜いたのは、私の電気コードだったのです。

 

時計

「私の叔父は知的障害でした。大変な時計好きで 何千点ものコレクションを並べ ひとつひとつ丁寧に磨きながら 由来や型について幼い私に説明するのが好きでした。

 ある年の私の誕生日 叔父は私に、『とっておきのプレゼントだ』と言って、ガラス製の腕時計をくれました。

 大変精巧な出来のその腕時計は、叔父が言うには、時間を巻き戻すことの出来るものなのだそうで  私は知的障害の叔父の言うことを信用してはおりませんでしたが、ちょうど腕時計が欲しくなってきた年頃だったこともあり 叔父のプレゼントをとても喜びました。

 その日。

 私の誕生日の祝いもかねて親戚が寄り集まり、どんちゃん騒ぎを始めだしましたので 私は幼い妹を連れて 庭で遊んでおりました。

 池のそばで遊んでおります内に私はいたずら心がわきまして、池のそばで丸くうずくまっている妹の背中 そっと近づいて軽く押したのです。

 妹は きゃあと小さい悲鳴を上げたかと思うと、足を踏み外し 池に落ちて ガツリとにぶい音がしたと思ったら、池に赤い血が広がって、妹の 石に打ちつけた頭が 赤黒い傷をぱっくりとあけて 浮かび上がってまいりました。

 私は瞬間的に、どうしよう、怒られる、と思い あわてふためき、どうにかして大人に見られる前に隠さないと、と考え、 ああ、そうだ 誕生日プレゼントにと叔父のくれたあの時計 もし本当に時が戻せるのなら、何とか隠せるかもしれない。

 私はそう思い、腕時計の針を巻き戻して、浮かんでいる妹の手首に巻きつけました。

 すると、私が見ているその前で、ぱっくりあいていた妹の頭の傷から どんどん血が戻り 池の水からも赤みが抜け、私が口を開けている間に、妹は すっかり元の状態に戻ってしまって、しかも先程のことを 覚えていないようなのです。

 ああ、良かった、と ホッと一安心 妹を連れて、宴席に戻りますと、大人たちは既に出来上がっていて、幼い私にはよくわからないことを話しておりました。

 私は、さっきのことなどすっかり忘れて、楽しんでいたのですけど、叔父が 一人でいる妹を見つけ、ジュースを注ごうと、酔っ払ったその手でジュースの瓶を持ったのですが、手が震えていたのか 取り落としてしまって、瓶が妹の頭にぶつかってしまったのです。

 その瞬間、妹の頭はぱっくり割れて 赤い血が吹き出し、妹はぱたりと倒れました。

 

 ……叔父は過失致死ということで逮捕されてしまいましたが、私だけが本当のことを知っているのです 叔父は妹を殺してなどいないのです あの時、幼い私は、あまりにもあわてふためいていたせいで、時間を十分ほどしか戻していなかったのです。

 十分後 叔父がジュースの瓶を取り落としたその瞬間、巻き戻された時間が正常に経過し 私が割った妹の頭が割れたのです  妹を殺したのは叔父さんではなく 私なのです。十年前の」

 

 

 涙ながらにそう語る彼女の証言は、当然 証拠として取り上げられはしなかったのだけど、確かに 被告席にいた彼女の叔父さんは、穏やかな顔で涙を流していたのです。

 

朝のこと

「今日は早いんだね」

「うん、大事な日だもの」

 

 彼女は笑って、僕に温めたコーヒーをいれてくれました。平静を装いつつ、それを受け取って口に流し込みつつ、考えます。

 大事な日って、何だろう。僕も彼女も誕生日はまだ先だし、付き合い始めたのは確か夏だったから、五月の今は関係ないはずなのに。

 僕が考え込んでいますと、彼女はくすくすと無邪気に微笑みました。

 

「あなたにわかるわけないわ」

「どうして?」

「私にしかわからないの」

「何だよ。教えてくれたっていいじゃないか」

「じゃあ教えてあげる」

 

 うふふ、と彼女は笑って、コーヒーをすする僕の頬に鼻を近づけ、ささやきました。

 

「あなたが死ぬ日よ」

 

 顔を上げる前に、ようやく毒のまわった僕は のどから血を吐いて ぐらりと倒れました。

 

ラーメン屋で

「聞いてよ。こないだラーメン屋行って、おいしそうだったから とんこつラーメン頼んだのよ。そしたら髪の毛が入ってたの」

「ありがちな話だね」

「そんでさ、言ったのよ。髪の毛入ってるじゃないどうしてくれんのよクズカスゴミって」

「そこまで言うか」

「で、替えてもらったんだけど、そこにも入ってたのよ。髪の毛」

「えぇー。ひどい」

「さすがに温厚な私も怒り心頭よ。それでね、あまりに腹が立ったもんだから、どんな奴がラーメン作ってんのか確かめてみたくって、厨房覗いてみたのよー。……何も言えなくなったわ」

「かっこいい人だったんですか」

「ううん。おじさん」

「えー。じゃあどうして」

「あのね。地肌スケスケのバーコードだったの」

「……確かに、また髪の毛落ちてましたよって言いづらいですね」

「残り少ないのにね」

「まったくです」

 

 ある日、僕の指の付け根 手の甲のこぶみたいな、骨の浮き出た部分が ぱかりと開いて、中から小さな虫がわらわらと出てきました。

 僕は元々 虫が好きじゃあないものですから、好き勝手に這い出ては飛び回る虫が、実に気持ち悪くて仕方なくって。

 しょうがないなあと、近くにあった殺虫剤を、虫つぼと化している僕の指の付け根 手の甲のこぶみたいな、骨の浮き出た部分に、プシュッと噴射しました。

 噴射した瞬間、僕の手の甲がぐわりと動き、ぷち ぷち と皮膚が裂け、中からぼろぼろ 小虫が落ち、僕が何かを叫ぶ前に、僕の耳から 頬から 口から 逃げる虫が飛び立っていって、前も見えない 見えない 何も

 すべての虫がいなくなると、ボロ布のような 僕の皮膚だけが残りました。

 

「どちらに行かれるんですか」

 非常にせっぱつまって公衆トイレに駆け込む途中、トレンチコートの紳士に「どちらに行かれるのですか」と尋ねられました。

 なんだ この人と思いつつ、正直に「公衆トイレに」と答えますと、紳士は「どうもありがとう」と一礼して去っていきました。

 何だか変な人だったけれども、今はそんなことを気にしている場合ではありません 一刻も、一刻も早くトイレへ。

 そうして駆け出そうとした僕の前に、いきなり見知らぬおばさんが立ちふさがり「あんた、どこへ行くの」と尋ねました  ああもう、トイレですよトイレ!

 おばさんは、「そう、どうも」と言って立ち去ります ああ早くトイレへ っと思ったら僕の後ろから女子大生風のお嬢さんががっしり腕をつかんで「ねえねえどこ行くの」と尋ねてきます。

 なんなんだろう もう、いい加減にしてほしい。「どこだっていいじゃないですか」と叫んで振りほどいて走りだす僕の前に、立ちふさがって「どこ行くの」「どこ行くの」と尋ねる彼女。ほっといてください、トイレに行くんですと言いますと、彼女は「わかった、じゃあね」と明るく言って立ち去りました。

 まったくもう、なんなんだろう。何かのテレビの企画か何か、それとも集団イタズラ? 憤慨しつつ、ふっと前を見てみますと、僕が目指す公衆トイレの前は黒山の人だかり しかもその全員が顔をこちらに向けて、僕の方をじっと見ているのです。

 訳のわからない光景に立ち尽くす僕の前、一番手前のスーツを着たサラリーマンがすっとやって来て、「どちらに行かれるんですか」と一言 尋ねました。

 ああ どうやら この全員の質問に答えないと、僕はトイレに行けないようです。

 

サンタ

 クリスマスの夜に、サンタがやってきました。

 

「はーい。こんな真夜中にどちらさまですか わっ」

「へへ……ドジっちまったぜ。ウッ」

「ええと、僕の知り合いにはあなたのように赤い服・白いヒゲで腹から血を流していそうな人間はいないのですが、何の御用でしょう。救急車呼びますか」

「いや、いいんだ……面倒ごとには関わりたくねえからな。ヘヘッ……」

「ヘヘッ……じゃない。僕だって面倒ごとには関わりたくないです。何の用なんですか」

「相変わらずつれねぇ奴だな、相棒……」

「誰がいつあんたの相棒に」

「くたばる前に、どうしてもテメェのツラが見たくなったのよ……くくく。俺もヤキがまわっちまったぜ……」

「いや、僕とあんたは初対面でしょうが」

「何言ってやがる……俺だよ、俺。サンタだ」

「さ、サンタ?」

「くたばる前に、よいこのツラおがみに来たって訳だ……へへへ。まあ、こんななさけねえ姿だがな」

「なんでサンタが腹から血ィ流して僕の家に」

「おっと、何も言うんじゃねえ……お前を巻き込みたくねえんだ。まあ、くだらねえ痴話ゲンカさ……」

「サンタが痴話ゲンカって……」

「それはそうと……相棒、俺の形見、受け取ってくれよ」

「プレゼントって言ってくださいよ……う、うわっ、チャカ!? マジ!?」

「そいつがあれば、ストーカーだって土下座しちまうぜ……言うなればドラえもんのひみつ道具だな」

「ドラえもんはこんな生々しいひみつ道具なんか持ってないと思いますが! っていうか! っていうか! こんなん持ってたら僕まで犯罪者じゃないですか! ちょっと!」

「おっと、時間が来ちまったぜ」

「帰るんですか? 帰るんだったらこれ持って帰ってください。物騒極まりない」

「お前の元気なツラ見られて良かったぜ……悔いはねえ。それじゃあな。お互い生きてたら来年また会おうぜ」

「いや、頼むからもう来ないでください。……って、ちょっと! 持って帰ってくださいよ! これ!」

 

命の花

「あの花が散る時、きっと私は死んでしまうんだわ」

 

 そう言って、彼女はいつものように病室の窓から見える花壇 なぜか一箇所だけ雨よけビニールのかかっていない花壇を指して、寂しげに笑いました。

 本当はもうとっくに治ってしまっている彼女が、どうしてこんなにやつれているのかと申しますと、長らくの入院生活の影響で すっかり後ろ向きになってしまった彼女の性格が、病が完治したことを認めたがらないのであります。

 周りの人がいくら言っても彼女は耳を貸さないものですから、みな あきらめ果てて、今では彼女のたわごとにも似た言葉に 何らの慰めも与えないようになり、彼女はより一層 卑屈になっていきました。

 ある日のこと。彼女が目を覚ましますと、昨夜の台風の影響か、彼女の病室の前の花壇は根こそぎ花が持って行かれてしまっていて、それを見た彼女 「ギャア」と大きく叫んで、そのまま倒れてしまったのです。

 彼女の主治医である僕は、さすがにこの事態を見かねまして、気つけの薬を投与されて 意識もうろうに きょろきょろしている彼女に、言いました。

 

「もう、いい加減にしなさい。君は今 こうして生きているじゃありませんか。君の病気はもう完治しているのです」

 

 彼女は、はっとした顔で、自分の両手を見 両足を見 そして僕の顔を見上げました。そして、しばらく考え込んだ後に、はあとため息をついて、「確かに、私は生きています」と言ったきり、黙り込んでしまいました。

 それから彼女はみるみる内に元気になっていって、「あんな花に自分の命を重ねるなんて馬鹿馬鹿しいことをした」と言うまでになり、すぐに退院していきました。

 それから何日かして。季節が変わる頃に、僕は、彼女がぽっくり死んでしまったことを聞きました。

 それを聞いて、僕は 彼女のいた病室の窓の外 ながめ、ああ、彼女は あの時見る花壇を間違えていたのだなあと、 彼女の病室前の花壇 そのわきにある、植え替えのために残らず花が抜かれた小さな花壇を見ながら、思いました。

 

バク転男

 数日前から、僕の視界のすみには 何故かバク転男が延々とバク転するようになって。

 バク転男をしっかり見るため視界の照準を合わせると決まってそこにバク転男はいないのですけれど、また視線をそらして しばらくすると、いつの間にか僕の視界のすみには バク転男がバク転しているのです。

 最近では車の運転中にも視界のすみにバク転男が見えるようになりました。ものすごい速さでバク転しながら僕の視界のすみ 定位置をキープし続けるバク転男に、僕はいつしか憧憬にも似た尊敬の念を抱くようになりました。

 ある日、僕は踏み切りに続く道を飛ばしていました。僕の視界のすみには、相変わらずあのバク転男が、僕の後を追うようにして、ものすごいスピードでバク転してきます。

 すると、バク転男 やおら背中をそらせたかと思うと、びょんと跳ね上がって 見事な空中三回転ひねりを決めました。

 おおっと思わず身を乗り出してよく見ようとしてしまった僕の視界 その片隅に、プアンと警笛鳴らす電車が映って  いつの間にか踏み切りを越えていたことに気付いた時は 既に電車の運転席が僕の目の前にあるときで、ハンドルを切ることもブレーキを踏むこともできずに

 跳ね飛ばされるまさにその瞬間、僕は電車の運転席に 制帽かぶったバク転男のにやり笑いを見つけました。

 

くちびるピアス

 薄紅のルージュを軽く引いた彼女のくちびるはとても魅力的なのですけれど、それはやはり彼女の口元 右の口端に光る銀のピアスが、くちびるの美しさをより引き立てているように思うのです。

 

「どうかしたの。さっきから、あたしの顔をじっと見て」

「うん。君のくちびるのピアスがとても似合ってるなあと思って」

 

 「ああ、これ」と彼女は薄く笑い、くちびるピアスを指でなでました。

 

「あんまりいい思い出はないんだけどね」

「え? それじゃ、どうして今もつけてるんですか。確かにいきなりはずしたら目立つ所だけども」

「そんな理由じゃないわ。ええと、あなた、吸血鬼(ヴァンパイア)伝説 知ってる?」

「はい。トルコ軍を破った英雄ブラド・ツェペシュが由来の西洋妖怪ですね」

「そうそう。でもね、それは小説の中の話で。吸血鬼伝説自体は世界各国に昔から存在するの。人魚とか竜の伝説みたいなもんかな。割と普遍的な伝説だから、一部の変わった学者の間では そんな生物が本当にいたかもしれないって言われてるのよ」

「うーん。人魚や竜はともかくとして、血液嗜好性の病気はけっこうありますから、伝説の怪物というよりは単なる精神病の患者だったんじゃないかと僕は思うんですけど。ものすごい貧血の人は顔も青白いし生肉が好きだし」

「そうね。でも、精神病患者は血を好んでも不死身ではないでしょ」

「それって、精神病患者の不気味さから来る後付の迷信じゃあないんですか」

「大部分はそうだろうけど。でも、あたしの場合は身近に実例がいるの」

「実例……って、君、吸血鬼に知り合いが? へえ」

「へえ って何よ。馬鹿にしてるんでしょ。あたしウソなんてついてないわよ。失礼ね」

「とりあえず、君のその身近な実例っていうのは どなたのことなんでしょうか」

「あたしのお父さんよ」

「おとーさん? 君のおとーさんが、吸血鬼?」

「そうよ。お母さんはごくごく普通の人間だけどね」

「君のお父さん、おしゃれ好きで よく十字架のネックレスかけてたけど」

「吸血鬼が十字架に弱いなんて、キリスト教が勝手に言ってることよ。布教目的で、悪魔を払うには十字架が一番良いってことにしたかったんでしょうね」

「……えっと。知り合いにいい精神科のお医者さんがいるんだけど、今度」

「あたしもお父さんも精神病なんかじゃないわよ。お父さんは、つい先日、体温計を割っちゃって 中身の水銀を取ろうとして 誤って触れて死んじゃったけど、お父さんは確かに吸血鬼だったのよ」

「ふ、ふーん……そう言い切るからには何か証拠があるんでしょう?」

「うん。あたしね、昔っから生肉が好きで、昼間の太陽はあまり好きじゃなかったの。その頃には、自分が半分吸血鬼だってこと自覚してたな。中学生の頃に、好きな男の子が出来たのよ。それで、ひょんなことから彼と抱き合う機会が訪れた訳だけど、その時あたし 彼の首に思わず噛み付いちゃって」

「うわ。え、ち、血を吸ったんですか」

「ううん。途中でやめたんだけど。吸血鬼って、年齢が上がるごとに血を吸いたいって衝動が出てくるらしいの。あたしは半分吸血鬼だから、血を吸わなくても死にはしないんだけど、やっぱり他の人には迷惑じゃない?」

「うん。すごく迷惑だと思う」

「それで、色々考えたんだけど。銀の弾丸って知ってるでしょ。吸血鬼を倒すには銀の弾丸を撃ち込むのが一番いいの。でも、まさか自分自身に弾丸を撃ち込む訳にはいかないから、あたしの場合は 誰かに噛み付かないように、口元に銀のピアスして あたしの中の吸血鬼を封印してるのよ」

「……封印って……確かに君は今 生きているから、君の中の吸血鬼は死んでいないんだろうけど。もしかして、それをはずしたら」

「そうね。今のあなたくらいだったら、簡単に全身の血を吸ってあげられるわ」

 

 彼女はまた 薄く笑って、口元の銀のピアス 指でなでました。

 

 


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