ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 3


 

ジョニー

「もう、もう、俺は……我慢できない!」

「じょ、ジョニー? どうしたの」

「君だって知ってるだろうキャシー。あいつらが俺たちの仲間に何をしてきたのか。あいつらのまいた毒ガスで、一体 どれだけの仲間たちが無残な死を遂げたか……」

「……知ってるわ、ジョニー。でも、私たちの力じゃ、あいつらに勝てっこないわ。戦力が違いすぎるもの……あきらめなきゃならないのよ。こうして、ひっそりと暮らすしか……」

「しかし、いずれあいつらには見つかってしまう。見つかったら即 殺されるんだ。あいつらは、女だろうと子供だろうと容赦しないからな……」

「そうね……そうやって、私たちの両親も グレッグも ダニーも リンダも殺されていったのよね……」

「キャシー、君はこのままで、本当にいいのか? あいつらに搾取されて、され続けて、本当に満足なのか!」

「そりゃ、私だって悔しいわよ! でも、しょうがないじゃない! 私たちがどんなにあがいたって、あいつらには勝てやしないのよ。勝てっこないんだから」

「勝てないんだったら、せめて、最後の一撃を食らわしてやるまでさ」

「! じょ、ジョニー、まさか!」

「あいつらに一泡ふかしてやる。俺たちをナメんなってことを、わからせてやるんだ!」

「ジョニー! やめて! あなたまでいなくなったら、私、どうしたらいいのよ……」

「キャシー……許せ!」

「ジョニー! 行っちゃダメ! いやあああ!」

 

 ……と、いうようなやり取りがあったのかなあと考えつつ、僕は 納豆ごはんに突っ込んで ネバネバにからめとられてもがいているハエの目前にのばしかけた箸を静止させて、その光景をながめておりました。

 

有限な呪い

 彼は、中学までは普通の人間でしたが、高校に上がってからはしだいにワルぶるようになり、二年も経つと仲間たちと一緒にオヤジ狩りやホームレス狩りで小遣いを稼ぐような最悪の人間になっていました。

 ある時 彼が一人で歩いている時に ふと見つけた老人のよろよろとしたしぐさが気に障り、難癖をつけた挙句に 殴り倒して金を奪いました。転んだ拍子に頭を強く打った老人は、息も絶え絶えに 彼に言いました。

 

「お前の父は水に沈み、母は炎に焼かれ、兄は土に埋まり、妹は木に閉じ込められる」

 

 そう言い残して、老人は ことりと 息を止めて 動かなくなりました。

 

 それから数日後、彼の父親が出張先で船の事故に遭い 水死しました。

 彼は 家族をとても愛しておりましたから、父の死に戸惑っている内に、兄がバイト先の土木工事現場でダンプカーから崩落した土砂によって圧死しました。

 あの老人の言った言葉を思い出し、彼はすぐに自首しましたが、その直後 彼のまだ幼い妹が行方不明になり、一ヵ月後に 近所の 迷うはずのない森で 餓死死体として発見されました。

 

「家族は三人も死んだけど、お母さんだけでも生き残って本当に良かった。ごめんなさい、ごめんなさい、もうあんなこと 絶対 しない。本当にごめんなさい」

 

 拘置所の面会室で泣きじゃくる彼の頭をなでながら、私はずっと考えておりました。

 もし私が彼の義母でなかったら、私はどうなっていたのでしょう。

 

うろこ

 無感動な僕の友人 松田君が、最近失明したというのでお見舞いに上がってみたら、松田君の目 角膜の部分に 分厚いうろこが出来ていて。

 多分、彼が何かに感動したら目からうろこが落ちるのだろうけど、何分 無感動な彼でありますから、そんなことは無理な話です。

 ああ、でも、そういえば、最近 僕も 仕事、仕事で感動なんかしていなかったなあ。

 翌朝 そう気付いた時には、僕の視界は真っ暗で 眼球、角膜の部分を触ってみますと、ゴリゴリとうろこの感触がいたしました。

 

天気予報

 嫉妬深くて困っていた彼女とようやく別れた帰り道。降り出した雨にため息をつきつつ、急いで帰り  一息ついたところでテレビをつけます。

 やっていたのはよくあるドラマのようで、無音の画面 暗闇の中 白いスーツを着た女性が走っているところでした。

 僕の知らないドラマでしたが、思わず見る気になってしまったのは、なんという偶然 出演している女優が 今さっき別れてきた彼女なのであります。

 なんだ いつの間に女優デビューなんかしたんだろう こんなことなら別れるんじゃなかったかなあ ははは。

 なんて思っていましたが、さらによく見てみますと、どうやらロケ地は僕の近所のようなのであります。

 いつの間にロケなんてやってたんだろう 彼女も出ているんなら僕に教えてくれたって良かったのに、まったくもう。

 画面の中の彼女は雨の中 走り続け 信号曲がって 歩道橋渡って、あれ、もしかして、これって、僕の家に向かってくるルート?

 僕のアパートが画面に映って 僕の電気のついた部屋の窓が映って そして窓のそばでテレビ見てる僕が映って 何、何、どうして僕の家が、そして 僕が映っているんだろう?

 あわてて立ち上がると、画面の中 窓のそばにいる僕も立ち上がって もしかして、これ、生中継

 そう思った時、ぶつっ と 画面が途切れて 真っ暗な画面に ノイズ交じりの でもはっきりとそれとわかる 彼女の声が響きました。

 

「ばばばばばん ばん ば番 組 の途中ぅぅぅです  が ててんてん 天気予ほ ほ 報 天気 てんきヨホウ 予報をお知らせ しィィィ まままあああす」

 

 アパートの階段、がん がん 昇ってくる足音がノイズの合間に聞こえ

 

「さささか さかもとさあああああんん さかもと んんん 宅 あああああ 雨雨雨雨雨雨雨 血の雨 血 血が降って 降って 殺され 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」

 

 不気味な声が僕の名前 呼んだ時 後ろでインターホンが ピンポーンと軽い音をたてました。

 

「俺、最近 電車で居合わせる気になる人がいるんだ。ものすごく可愛い子で、俺好みの子なんだけど」

「へえ」

「けどなかなか接近するチャンスがなくって。ホラ、俺の乗る時間帯って、いつも満員電車の時間だから、そばによることも声をかけることも出来やしないで、いっつも横顔とか後ろ姿とかを見ているばっかりで」

「そりゃ、満員じゃしょうがないよね」

「ところがだ。この間、いつにない満員電車でぐいっと押されて、思いもかけず彼女に大接近できたんだ」

「幸運だね」

「もう、すっげードキドキして、冷静なフリしてたけど顔なんかめちゃくちゃ赤くなってたと思う」

「うん」

「照れ隠しに目線をはずして、そして戻したところでふと気付いた」

「うん」

「その子、学ラン着てたんだ」

 

 まあ、男装していたのかもしれないし。

 

ハンバーガー、単品でひとつ

「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

「ハンバーガー、単品でひとつお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「なんか、客、いないね」

「そりゃあもう、開店前でございますから」

「開店前? 開店前なのに、僕が入ってもいいのですか」

「ええ、かまいませんよ。そこのお席でお待ちください。このコーラはサービスです」

「どうもありがとう。って、何でついてくるのですか。何故 僕の横に座って」

「ところでお客様、お客様はどのようにしてこのお店にいらっしゃったのですか」

「え? なんか、美味しいファーストフードがあるって友達の肉屋さんから聞いたから来たんですけど」

「そうですか。そうですね。そうでしょうとも」

「なんなんですか」

「当店のハンバーガーはとても美味しいですよ。なんたって材料が違いますからねえ」

「和牛でも使ってるんですか」

「まあ、似たようなものです。ところで、お客様、お客様がご紹介を受けた肉屋さんというのは、もしかして松田精肉店の松田さんですか」

「ああ、そうです。なんだ、知ってるんですか。もしかして松田さんが卸してるお肉なんですか」

「松田さんだけではありませんが、確かに松田さんも当店に新鮮な肉を提供してくださいます。当店といたしましても、松田さんには非常に感謝しております。何しろ、当店で扱う肉は、大変 入手しにくいものですから。

 お客様、お客様、おや、ようやく効いてきたご様子。

 お客様のご注文になったハンバーガーは あいにくとお客様ご自身が召し上がることはありませんが、お客様ご自身がお肉になるのですから、大した違いはありませんよね。……それにしても、松田さんは美味しそうな人間を見分けるのが得意でいらっしゃいます。さすが卸売りのベテランは違います。

 お客様、お客様   ああ、もう聞こえていませんね。それでは 当店のご利用と食材の提供、まことにありがとうございました」

 

崖のほとりで

 夕日の陽光に赤く凪ぐ春の海 見下ろしつつ、彼女は崖の先端に立って、僕は潮風にふわりと揺らぐ彼女の髪のかすかな匂いを、鼻に感じておりました。

 

「やっぱり、私、迷惑はかけられない」

「えっ?」

「ごめんね。でも、もう、だめよ。このままだと 私 あいつに殺されるか、あいつを殺してしまう。あいつから逃れられないなら、もう、私が死ぬしかないわ。今までありがとう、ごめんね」

 

 彼女はそう言うと 僕の止める手が彼女に達する前に、崖から飛び降りていきました。

 崖から身を乗り出して手を伸ばす僕 虚空をすべり落ちていく彼女  夫から殴られていた彼女 ようやく自由になれるはずだった彼女、……ようやく 僕と 一緒に生きていけるはずだった彼女。

 呆然とする僕の下で、砕ける水面 上がる水しぶき 一瞬だけ飛ぶ血。

 やがて静かになった海の上には、彼女の無残な後姿と、今さっき僕が海に突き落とした 彼女の夫の 青白い顔が、赤い夕日に照らされて 静かに 揺れつつ 浮かんでおりました。

 

きみがいない

 またひとつ きみのものを手に入れた嬉しさで、僕はずっと とても良い気分だったのですけれど、何時間も 何時間も きみの本や リボンや きゅうすなんかを見ていますと、さすがに虚しい気分に襲われてしまうのです。

 僕は 布団の中で寝ているきみのかんばせ 中指で撫でつつ 心の中できみに問いかけます。

 僕は このように一通り きみのものを集めてしまうくらいに、きみのことが好きなのだけれど  きみは、僕をどう思っているのですか 僕のことが好きですか 僕を愛してくれますか。

 どれだけ問うても きみは 黙って目を閉じ 寝ているだけで。

 僕の問いには答えないきみを見ている内に 僕はようやく気付くことができました。

 ああ、けれども、気付くには、あまりにも 遅かった。

 僕は 無粋な蝿が飛び交う中 腐りかけたきみの顔に ふたしずくほどの涙を落としまして、腐臭放つ そのくちびるに口づけました。

 きみはここにいて 今日ようやく僕のものになったのだけれども、それでも 生きたきみは 二度と僕の前には現れないのです。

 

ひとつき

 僕と彼女が付き合って、ひとつきになります。

 彼女、やけに張り切って 僕に手料理なぞ振舞ってくれて ああ、やっぱり彼女と付き合って良かったなあ などと思っていたのですけれど。

 彼女がシャリシャリとリンゴの皮を剥いて、彼女の手元で丸く落ちていく赤い皮 見ながら、僕は肉じゃが つつきつつ、幸せを噛み締めておりました。

 

「ようやく、ひとつきだもんね。短かったけど、楽しかったなあ」

「そうね。そして、リツコが死んだのも ひとつき目ね」

「……嫌なことを思い出させないでくれよ」

「ごめんね。でも、だって、私たち、リツコに隠れて付き合ってたじゃない? リツコはあなたの彼女で、私の友達だったのに、あんなことになっちゃって」

「それはそうなのだけれども」

「それにしても、ひとつきね」

「そうだね」

「ひとつきで殺したのよね、私を」

 

 えっと顔を上げた僕の目に入ったのは、ひとつき前に僕が殺したリツコの顔した彼女  そしてそれを認めて立ち上がる前に、僕の眉間に果物ナイフがぐさりと、ひとつき。

 

交通規制

 その日は とても天気のいい日で、散歩するにはちょうどよかったものですから、私は買ったばかりの日傘を差しつつ、近くの公園に行こうと出かけました。

 信号が青なのを横目で確認して、横断歩道を渡ろうとしましたら、爆音 たてつつ 改造車が ものすごいスピードで信号無視して突っ込んできまして、私は驚いてよけたせいで転んでしまって その拍子に あっ、傘が折れてる!

 

「ダッセー!」

「バッカじゃねーの!」

「キャハハハハ!」

 

 通り過ぎていく車から罵声が飛んできて、ああもう 最悪です、買ったばかりの、お気に入りの日傘だったのに!

 と忌々しく改造車の後ろを見ておりました私の横から ひゅるるるると 何かが飛んでいきまして、走り去る改造車に触れたと思った瞬間 大爆発。

 振り向きますと、ロケットランチャー構えた警官が、ミニパトから顔を出しておりまして。

 最近 道路交通法が改正されて、信号無視やスピード違反はその場で処刑することが合法化され、テレビでそれを伝えるアナウンサー 見つつ「馬鹿な法律が通ったものだ」と思っていたのですけれど、これはこれで なかなか悪くないのかもしれません。

 

 


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