ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 20


 

メイノカワラ

 去年 日本のどこかに十歳未満の嫁を捜しに行った変態紳士の横山君が、今朝方 なんの連絡もなくうちに来たものだから とりあえず茶を出して話を聞くことにしました。

 

「とっくに捕まってどこかに収監されていると思っていたけれど、やはり日本の性犯罪に対する当局の見解は甘いものだね」

「こら。俺がいつどこで幼女をチョメチョメすると言った。俺は変態の自覚はあるが、子供が惨い目に遭うのは耐えられない。だから幼児ポルノはもちろん、きわどいジュニアアイドルグラビアにだって反対の立場なんだぞ。それを お前という奴は お前という奴は」

「はいはい。それで、嫁さんは見つかったんですか」

「見つかったというか でも諦めたというか」

「見つかりはしたんですか」

「一応な。諦めた理由は、単純なことだ。俺は可愛らしい幼女のためなら富士山の火口にでもDIVE出来ると自負していたが、あれを見たらさすがに怖くなっちゃって」

「あれ?」

「まあそこはちょっと黙って 俺の土産話を聞くがいいよ。あれは色んな土地を巡り歩いて野宿にもすっかり慣れてきた頃 これまた野宿していた仏教徒のドイツ人女性と仲良くなってね。すっかり打ち解けて お互いどうして野宿しているのかを話し合ったんだ。俺の場合はよこしまな動機ではあるけれど 子供を傷付けたり騙したりすることは決してしない姿勢が好感を得たのか、彼女もまた正直に話してくれた。

彼女 どうやら母国で大変なことをしでかしたらしくてね。何をしでかしたのかまでは教えてくれなかったけれど、仏教に改宗してから インド ネパール モンゴル 中国 数々の国を巡礼し 日本にやってきたらしい。日本でも寺社をまわって お金がないものだから野宿を繰り返して そんなことをしている内に知らなくてもいいことをたくさん知ってしまって かえってそれが面白くて巡礼の旅を続けていたのだそうで。

それじゃあもしかしたら俺の願いを叶えてくれるようなナニモノかを知ってはいまいか尋ねてみたところ 意外にも肯定された。ところで以前 日本は単一民族であるとか いつかどこかのアホがほざいていたが、よそ者を廃絶し団結する村社会日本において 各地域の村ひとつひとつが異なる文化をもつ民族と言っても過言ではなく、よって村がひとつ消滅すればそれは文化がひとつ消滅するのと同じこと。だから一度廃れてしまった風習は、再度知られることが難しいもので」

「や まあ ええと どこから何を言えばいいのかわからないけれど 要するに何なんですか、願いを叶える方法って」

「メイノカワラ というのが、それだ」

「なんですか、それ」

「掛詞ってえのを知ってるだろう。言葉に二重三重の意味を持たせるもので、現在は駄洒落と蔑まれるが 元々そうした修辞技法は言霊信仰に由来するという説がある。メイノカワラという名前もそうで、メイには『名』『命』『銘』『冥』という四つの意味 カワラには『河原』『瓦』という二つの意味が込められている。ひとつの意味合いを例に挙げてみると 冥の河原 これは要するに賽の河原のことで、更に『名』『命』『銘』という漢字を当てると親より早くに死んだ子供 それが刻まれた『瓦』ということになるね」

「はあ。つまりあれですか 君は瓦を捜しに行ってきた訳ですか」

「まあな。その瓦には死んだ子の名前や特徴が刻まれていて その子を賽の河原から救ってやるという意味で、瓦を盗んでいく痴れ者が 昔からいたようで。まったく、子供好きにも程がある」

「昔から 君のような人はいたのですね。で、その瓦を手に入れると、何が起こるんです?」

「言い伝えによると、地獄から救い出してくれた礼としてその瓦に刻まれた子が具現化し 常にそばにいてくれるようになるらしい。そんな美味しい話ならたとえ嘘でも確かめてみなけりゃあってことで 俺は全国各地を捜しに捜し、とあるダムに沈んだ村の村長の家瓦に メイノカワラが使われていたということを突き止め さっそく誰もいない時間帯を見計らって ダムにダイビングしてみたのだけれども」

「君のその行動力は 唯一無二だと思うよ。だけど君 けれども って、何か不都合なことでもあったんですか?」

「村がダムに沈んでしまったのがかなり昔のことだったゆえに その村の言い伝えや文化なんかはよくわからないままだったんだが、村長の家は立派だったからすぐに見つけた。俺のように噂を聞き付けて取りに来た者がたくさんいたのだろう 家の屋根からは瓦がゴッソリ剥がされていた。それでもどうにか残っていた瓦を見てみれば、確かに古い字体で 子供の名前や親の名前や性格や好きなものやどうして死んだかまでビッシリと書かれ刻まれていたのだけれど 俺は結局 一枚も持たずに帰った。あの瓦がいったい何をするんだか知れないが、村長の家の座敷窓から見えた 屋根から剥がされていた瓦ときっと同じ数の大量の頭蓋骨 すべて内側から頭頂へ瓦が半分突き出ていたから」

 

 

ヒゲ剃り人

 一所懸命に説明しても、誰にもわかってもらえないことは よくあるもので。

 むしろ 熱を込めて説明すればするほど、奇妙な人物だとレッテルを貼られてしまうもので。

 だから僕はずっと我慢して 誰にも誰にも言わずにいたのだけれど 今この場で告白します。僕は、カミソリでヒゲを剃るのが大好きなのです。この世の何にも代え難き、至福の行為なのです。自分じゃいけません。あくまで他人のヒゲでなきゃいけません。

 カミソリでヒゲを剃るのが好き過ぎて、ヒゲ剃り専門の床屋なんてえものを世に出してしまったのが運の尽き。おいでなするお客様方 皆 腕前はいいのだけれど終始僕の息がハァハァしていて気持ち悪い などとおっしゃりやがる。開店間もなくして閑古鳥が鳴く羽目になり 出店に費やしたお金は さあどうしたものでしょう。

 借金取りが押し寄せても、僕の頭の中はヒゲを剃ることでいっぱい。道を歩けばヒゲが剃りたい。みかんを食べればヒゲが剃りたい。布団に入ればヒゲが剃りたい。とにかくもう 剃りたくて剃りたくて。

 剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて剃りたくて仕方なくなった僕は 仕方ないから無精髭がボウボウだったあの男を 頬がなくなるまで剃り削ってしまったわけで ああ よく見るとあなたもいい剃り残し具合ですねえ 刑事さん なんで目を逸らすんですか 刑事さん。

 

 


戻る