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愛でるモノの話

 目の見えない彼女 指のない手で砂をすくっては袋に詰めているのだけど 袋の底に空いた穴から砂がサラサラこぼれ落ちるために 決してその行為は終わらないのです。

 何故彼女がそんな不毛なことをしているのかと申しますれば、随分と昔 彼女の耳が聞こえた頃 こんな話を聞いたからです。

 どこかの国のいつかの時代。表面上はともかくとして 庶民の生活は困窮をきわめ、たくさんのろくでなしと たくさんのならず者と たくさんのキチガイがうろついていたところの話。

 変な犯罪者が一人現れると五十人くらい殺してしまうから、政治家の人たちは ちょっと困ったなあ と思いました。刑罰を厳しくしたり警官のノルマを増やしたりしてなんとか収拾をはかろうとしたのだけど、そんなことをしても根本が腐ってるのに変わりないから、罰と犯罪の種類が雪ダルマ式に増えていくことになりました。

 そんな中で考えられてきたのは もちろんルールを守ることなんかじゃあなく 罪にならない方法であります。

 まわりくどいやり方はミステリ向きですが、大概は手っ取り早い方法が好まれました。単純にお金を積んだり、黒魔術に頼ったり、検出されないような毒を盛ったり、カーボン紙を仕込んだ書類でサインをさせたり、人を雇って脅したり、まあ 誰でもいくつか考え付くようなことばかりです。

 その中にひとつ、殺し方にこんなものがあります。日本でも戦後GHQがしたとかしなかったとかいう ゴム管の中に鉛を仕込んでひたすら叩く という方法。原始的ですが打ち所悪ければ死にますし、何よりかなり痛い。その上手軽なものですから、大掛かりな設備もなく出来る拷問法として珍重されました。

 で、たいていの拷問は、長く続ければそのうち死にます。棒打ち、鞭打ち、吊り落とし、拘束なんかもそうですかね。死刑五年という刑罰が仮にあったとすれば、それは拷問・心肺停止・蘇生が繰り返される五年間の絶望的なサイクルでしょうね。まあ そんな面倒くさいことをする技術と気力のある人は そうそういませんが。

 それよりももっと安価でお手軽な方法が、砂袋で相手を叩き殺すという方法。何人かで押さえ込んでひたすら殴り続けるという だいぶつまらないやり方ですが 死ぬまでは悲惨です。まず 顔は原型をとどめません。

 彼女の話に戻しましょうか。彼女、そのやり方で 憎くて憎くて仕方ないアイツを殺すつもりなのです。

 

 彼女が憎くてたまらないアイツは、彼女の両親 兄弟 夫 子供 すべて皆殺しにし 挙句に彼女を不具にしました。

 監禁した彼女の手足をもいで 目をえぐって 耳をそいで 鼻を落として 歯を抜いて そんなことを繰り返し、けれどもまだ殺さない。

 

 目の見えない彼女 指のない手で砂をすくっては袋に詰めているのだけど 僕が袋の底に空けた穴から砂がサラサラこぼれ落ちるために 決してその行為は終わらないのです。

 何故彼女がそんな不毛なことをしているのかと申しますれば、随分と昔 彼女の耳が聞こえた頃 砂袋で人を殺す話を聞かせたからです。

 

 美しい手足も 美しい目も 美しい耳も 美しい鼻も 美しい歯もなくしてしまったけれど、僕を殺そうとして必死になる彼女は いつだってどんなものより美しい。

 

これぞ奇跡

 愛するものが死んだときには、

 自殺しなけあなりません。

 

「……と、えらい人が言っていたので死んでみた僕でありますが、ぜんたいあなたは神なのですか」

「そんな名前を名乗った覚えはないのだけど、そう呼びたければ呼ぶといいよ。しかし君、自死の割には随分と未練がありそうだね」

「未練たらたらですよ。後悔しきりですよ。ああ 僕ァ あんなことを言わなければよかった あんな風に彼女を罵ったり苛んだり監禁したり殴ったり縛ったり刺したりしなきゃあよかった」

「そんなに言うんなら、生まれ変わって彼女に巡り会ってみるかい」

「ええっ、そんな安っぽい80年代のファンタジー・ロマンスのような出来事 本当に実現できるんですか」

「うん まあ そういう運命にすることは出来るけれど 君が本当にそれでいいのなら」

「もちろんですよ! 彼女に出会えるのなら議事堂爆破だろうがテレビ局乗っ取りだろうが なんだってやってみせます」

「後悔しないかい」

「しません」

「わかった。それじゃあ君は これから 永遠に 生まれ変わるたびに 彼女と巡り会う輪廻の輪に載せられる。さっそく生まれ変わってくるといいよ」

「うわああぁぁ」

 

 × × ×

 

 そもそもこの世に生まれ出づることは大変に難しい。成長するのはもっと難しい。寿命をまっとうするのは更に更に難しい。幸せかどうか考える能力を得 そして実際に幸せになれることなどほとんどない。生き物はたいてい ロマンティックなことなど何一つないままに 食物連鎖上位の生き物に食われて死ぬ。

 そんな中であんなこと望んでしまった彼の末路なんて 見なくてもわかる。まして彼 いまや復讐の輪廻に載ってしまった。

 ……オヤ彼の来世はミジンコか、ってぇことは彼女とやらの来世は ミジンコを食べる魚かなぁ。

 

にせもの

「あなたが贈って下さったあの指輪 娘は最期まで肌身離さず身に付けておりました。

 娘はあなたがいつか本物をくださると信じておりましたが、今となっては本物かそうでないかなど問題ではありません。」

 

 手紙の消印は二日前。結局僕は 彼女にあの指輪を本物でないと思わせたままだった。

 

情報選別

 わたしはあなたの両親 きょうだい 妻 息子 娘 一人残らず殺しました。 と、いう風に、言ったとします。あなたはそれを信じるでしょうか。信じないでしょうか。

 メディア・リテラシーという言葉をご存知ですか。「literacy」には基礎教養という意味合いも含まれるので わたしはあまり好きな言葉じゃあないのですが、要するにあれです 情報化社会においてデマか真実かを見分ける能力のことです。

 といっても当事者でない限り、誰も本当のことなんてわかりません。ただ推測するだけです。その推測する能力がメディア・リテラシーというわけです。

 「その情報が流れることによって誰が得をするか、あるいは損をするか」。それを考えることがメディア・リテラシーの第一歩です。自分からは何も調べず 反対意見を見聞きしようともせず テレビや雑誌などで聞きかじった知識だけを元に色々とうんちくを垂れ流す人 受け売りの持論をぶって悦に入る人 挙句は己に必要な情報源をネットのみに求める人 よくいますよね。そういう人は 知らず洗脳されていても気付けません。何も政治思想に限った話じゃあなく、たとえば企業戦略とか 身近な人物の謀略だとか、金と命を無駄遣いさせる危険は至る所に潜んでいます。そうならないように、情報の取捨選択は重要なのです。

 で 先ほどわたしが持ち出したたとえ話 覚えてますか。そう あのたとえ話、あれがもし本当だとしたら、あなた どうします。

 メディア・リテラシーの基本原則を思い出してみましょう。わたしがあなたに、あなたの家族を一人残らず殺したことを教えたら 誰が得をしますか。誰が損をしますか。どこにどんな影響が出ますか。

 通常の状態ならばソレを総合的に判断すると「たちの悪い冗談」という結論に落ち着くことでしょうが、いかんせん今のあなたはがんじがらめに縛られてナイフを突きつけられているのですからそうは思わないでしょうねえ。そんなあなたのおびえた顔が楽しくてつい無駄話をしてしまったけれど、そろそろ今日の本題に入ることにしましょうか。

 ……え 先ほどのたとえ話ですか 大丈夫 それが本当かどうかはあなたがアッチに行ってしまえばわかることですよ ええ。それでは さようなら。

 

千鳥

 生まれた娘に好きな花の名前をつけたら 元文学青年だった舅が「貴様がそれほど無教養な男だとは知らなかったぞ!」と激怒して 以来口も利かれなくなった彼に なんとアドバイスをするべきか。

 

「素直に、渋沢龍彦訳『悪徳の栄え』を読みやがれって言えばいいじゃない」

「それは処刑宣告に等しいですよ 先輩」

 

 ※千鳥…… 女が互ひに道具を用ひてまぐはふこと

 

吊橋

 小学生の頃に、霊感の強い友達がいました。

 夏の暑さに任せて怪談なんぞする際には 彼女がいないと話にならないってくらい、色んなたくさんの 生々しい話を聞かせてくれたものです。隣のクラスで保健係りをしている飯田君のおとうさんが死んだのは事故ではなくて保険金殺人だったのよ とか、校長先生は夜になるとタクシーで片道一時間かけてキャバクラのおねえさんに会いに行くのだけど一ヶ月前自殺した奥さんの霊が憑いているからその内事故に遭うわよ とか、まあ そんなたぐいのことを。

 そんな彼女と一緒の帰り道。最近見つけた、病院裏手の林に寄っていこうって話になりまして、夢中になって遊んでいる内に 気がつけばとっぷり日が暮れていたのであります。

 

「こりゃ参ったね。どうしよう」

「とにかく帰らなきゃおかあさんたちが心配しちゃう」

「でも僕ら、林の中で不思議な卵を見つけた!って設定で秘密の研究所を捜しにあちこち走り回ったから、どこから来たんだかさっぱり覚えてないじゃないか」

「そうね。でもまあ歩いていけばどこかに行き当たるよ」

 

 そんな希望的観測の元で僕らは歩き出したのでありますが、チビっ子の僕らにとってその林は広くて広くて 森のようで樹海のようで どこまで歩いても抜け出すことができなかったのです。

 おなかは空くし足は疲れるしで途方に暮れ あと五分歩いたら立ち止まると思ったその時、目の前に二股の道が分かれていました。

 一方は下を幅広の川が通る吊橋。もう一方は藪に覆われたけもの道。高所恐怖症の僕が迷わずけもの道の方へ行こうとすると、彼女がぐいっと腕を引っ張りました。

 

「やめなよ。こっちは危ないよ」

「どうして?」

「どうしてって、そんな気がするの。なんだかいやなものがたくさんいるような気がする。こっちにした方がいいよ。こっちはなんだか、すごくいいものがあるような感じがするの」

 

 そう言って吊橋の方へぐいぐいと僕を引きずって行こうとするのですが、僕は高所恐怖症で その上くたくたに疲れて気が立っていて おまけに日頃彼女に怖い話(例:「あんたの後ろによだれをたらしながら指をわきわきさせているジョン・ウェイン・ゲーシーがいるわ」など)をされていた反発もあり、頑強にけもの道へ行くことを主張したのです。

 しばらく不毛な罵りあいを演じたのち「そんなに言うんなら勝手にすればいい」という結論に至り、彼女は吊橋の方へ 僕はけもの道の方へ進んで行ったのでした。

 

 で あの時けもの道を選んだ僕が今ここにいるというのは、つまり そういうことです。

 

 彼女はあれっきり行方不明になって いつまで経っても帰って来なくて 僕の証言を元にあの林の隅から隅まで捜索されたけれども、持ち物ひとつ見つかりませんでした。 

 彼女がどこに行ってしまったのかは僕にはわかりません。けれども、彼女は霊感があったからこそあんなことになったんじゃなかろうかと思うのです。彼女の言っていた「すごくいいもの」が一体なんなのかはわかりませんが、きっとソレがある場所というのはこの世にないところでしょう。何故なら僕はこうして、彼女が拒否した「いやなものがたくさんいる」世界で今も生きているのですから。

 そしてそう思うわけはもうひとつ。彼女が行方不明になって随分経ってから林は全部切り開かれて駐車場になってしまったのだけれども、工事中 木が伐採されて丸裸にされた林にいくら目を凝らしても あの時僕が見た吊橋や川はなかったのです。

 

夢判断

 そういえば柳田国男『遠野物語』でこんな話を読んだことがあるわ、と 前置きしてから 彼女が語りだした話。

 とある侍が、物見山を腹に呑むという夢を見ました。どうにも気になったために、寺の住職に使いをやって夢判断をしてもらうことにしました。

 使いの者が寺へ行く途中、出くわした知り合いの男と立ち話をしていたところ どのような用事でどこへ行くのかと尋ねられました。使いの者は知り合いの男に残らず仔細を聞かせると、知り合いの男は大笑いして「物見山を飲んだら腹が裂けてしまうだろうよ」と言いました。

 男と別れ、寺を訪れた使いの者は住職に事の次第を申し上げたのでありますが、住職はしばし考え 寺の者と相談した挙句、「この夢はすでに判断が為されているため当方ではいたしかねる」とのこと。首をひねりつつ帰って主人にそれを報告し その日はそれで終わりました。

 後日 この侍はささいな咎のために切腹を命ぜられたとのことであります。

 

「……で、君はそれをどうして 頭に富士山の入ってくる夢を見た僕に言うのだろう」

「私、あんたが嫌いなのよ」

 

だれか:その一

 同窓会も兼ねて母校の文化祭に行ってきた妻が、帰って来るなりビデオデッキに一本のテープを差し込みました。なんだか真面目そうな様子だったものだから、僕は夕食の支度しつつ 妻の後姿とテレビの画面を横目に見ていたのですけれども。

 テレビ画面に映ったのは、くさむら深い道を行く 学生らしき何人かの列を遠景に映したもの。男女とも完全に登山仕様に武装しており、よく見てみると その中には 今よりいくらか若い妻の顔もあるようでした。そういえば彼女 登山サークルに入っていたことがあると言っていたっけ。

 場面は変わって、今度は食事の風景。テントの中にいる全員が見渡せる位置で、学生らしい ひたすらつましい食事の場面が続きます。学生らしいアホな会話がたくさん飛び交い、みんな若いなぁと思っていた僕の手元でフライパンの中身が焦げる匂いがしました。おっと やべぇ。あわててハンバーグをひっくり返してからまたテレビと妻に目をやると、またしても場面が変わっていました。

 今度は夜中のようです。周りが暗く、ビデオは赤外線モードになっていました。どうやら部屋の隅で撮られているようで、寝ている全員が一つの画面に収まっています。ハンバーグに気をつけながら目を凝らしてみましたが、今度は画面の中に妻はいないようです。

 記念ビデオにしてはなんだか記念になりそうもない場面ばかりだなぁ と不思議に思っておりますと、不意にビデオが途切れて画面は砂嵐になりました。どうやらこれで、テープが終わりらしいのです。

 妻は僕以上に首をひねりながら、ビデオを巻き戻して再生し直しました。それを何度も繰り返すのです。楽しそうな様子はまるでないのに、何故こんな退屈な代物を何度も見たがるのだろう。

 僕はハンバーグをすっかり焼き終えてしまってから、妻に尋ねてみました。そうすると彼女、今までちっとも気付かなかったという様子でしどろもどろに答えました。

 

「……ん、ああ。なんだか不思議なもんだから、何度も見なきゃ気が済まなくって」

「不思議って あの何の変哲もない映像の 何が?」

「えーっとね。このビデオ、サークルで使っていた部屋の棚の奥から出てきたのよ。ラベルに書いてあった日付が日付だったものだから、おかしいと思って。それで私 一緒に文化祭に行った友達と見てみたんだけど いくら考えてもわからないから、こうして家に持ってきちゃったってわけよ」

「ええっと 僕には あのビデオの何がわからないのかわからないんだけれども」

「まあ 順繰りに説明していくから。このビデオが撮られた日 私たちは地元でもあまり知られていない山に登ったの。けど、途中で私の友達が気分が悪くなっちゃって 私ともう一人が付き添って みんなより先に下山することにしてさ」

「ああ だからビデオの途中から 君の姿がないのか」

「うん。でも 私 最初の方は登山に参加していたから よく覚えてるのよ。あの時 誰もビデオなんか撮ってなかった」

「え?」

「本当よ。一人だけビデオカメラを持ってきてる先輩がいたんだけど 登ってる途中で どこかに落としたらしいの。買ったばかりだったらしくてすごく落ち込んでたから 印象に残ってんのよ」

「はあ……でも、ビデオはこうして残ってるじゃないか。からかわれたんじゃないのかい」

「それだったらこんなつまらない場面ばかり映すはずないじゃない。それに ほら 見てごらん。盛り上がってる食事風景を映しているはずなのに 誰一人 撮影者に向かって話しかけたり笑ったりおどけたりしてないでしょ。親しい人間がカメラをかまえてれば 普通は冗談を言ったり 何かしたりするものじゃあないかしら。これじゃ まるで隠し撮りじゃない」

「そ それは そうだけど」

「それにこのビデオ 何度も全員の顔を一画面に映してるでしょ? さっきから私 何度か数えてみたんだけど あの時 登山に参加したのは このビデオに映ってるメンバーで全員なのよ。文化祭で一緒だった友達とも確認してみたから間違いない。けれどそれだったら、参加者全員を映すことの出来た撮影者は誰なのかなって思って」

「う うーん……そんなに気になるんだったら、登山に参加した先輩や友達に聞いてみれば?」

「それが 無理なのよ」

「え 無理って どういう……」

「この時 先に下山した私と二人以外のメンバーはみんな 山に入ってそれっきり行方知れずなの。撮影者が誰かってのも不思議なんだけど、誰も持って帰れなかったはずのこのビデオが どうしてサークル部屋の棚の奥にあったのか それが不思議で不思議で……」

 

だれか:その二

 例のビデオ見終わって心底気分を悪くしていた時 ちょうど 僕の妻が帰ってきました。あわててデッキからテープを抜いて懐に隠したところで 思案顔の妻が僕の横にやってきて「あのビデオ持ってきたのが誰だかわかったよ」と言いました。え、ほ ほんとに?

 

「拾った本人とさっき駅前で会ったわ。私の後輩の子が 在学中に一人であの山に登った時 例のビデオを拾ったんだって」

「そ そうなんだ。疑問が晴れてよかったじゃないか」

「それが あんまりよくないわけよ」

「……何が よくないわけよ」

「話を聞いてる限りじゃ その後輩は 登山中に道に迷ったらしいのよ。あの山はほとんど一本道だからってんで あなどっていたのかもしれないけど まあそんなことは置いといて よ。元ルートを捜して右往左往してるうちに 見たこともない ぼろぼろの廃屋に辿り着いたんだって。屋根は抜け落ちていて、火事か何かあったみたいに 壁も柱も真っ黒焦げだったそうよ」

「はあ」

「後輩は疲れてたから、せめて座れるところはないかな と思って 家の中に入っていったの。そうしたら奥の方の部屋跡に 古い映写機やら フィルムやら スクリーンやらが 焦げ付きながらも残っていたのね。なんとはなしに見ていたら、その中に比較的新しいタイプのビデオカメラがあったものだから 気になってそれを取り上げてみた。そうしたら その中にビデオがあったって寸法よ」

「ああ それが例の変なビデオだったと」

「そうそう。で、何が映ってるのか急に好奇心がわいた後輩はバッグにビデオを入れて 用済みの廃屋を後にしようとしたんだけど、ここで突然 見知らぬ男に後ろから『道に迷ったんなら私の家に地図がありますよ』って声をかけられた。男が自分の家だと指したのは後輩が来た方向 つまり廃屋のある方向だったんだけど、見てみると廃屋だったはずの家は 一瞬の内に ごく普通の 焦げた跡なんてどこにもない きれいな山小屋に変わっていたの」

「……へ ええ? どういうこと それ」

「わからないけど 普通の状況じゃないでしょう。後輩は気味悪くなって 男への言い訳もそこそこに 走って逃げたのよ。追いかけられなかったのは良かったんだけど、ようやく道に出たと思ったら 何故か登っていたはずなのに山のふもとへ出てしまった」

「はあ……そりゃなんだか、タイムスリップしたような感じだね」

「ことがことだけに、後輩はビデオを見るのも捨てるのも怖くなって サークル部屋にビデオを置きっぱなしにして、それを私が見つけて今に至るってわけ」

「なるほどねえ。その後輩 命があってよかったね」

「……はい? え やっぱり うちの後輩に声かけてきた男って 幽霊なのかな」

「さあ 断定は出来ないけども。でも 逃げてよかったと思うよ。気味悪いし。それに、僕も君にビデオのこと聞いてから その山について調べてみたのだけれども あそこ 前に惨殺事件のあったところだ。といっても 戦前にだけど」

「えっ、そうなの? 初耳」

「うん 僕もそれまで知らなかった。事件の犯人は精神を病んだ豪農の息子で 家族八人と下男一人を殺して 煮て 食ってしまった。警察の介入を待たずして、下男の遺族の訴えを聞いた村人たちが犯人を山小屋に追い込んで 外から火をつけ焼き殺してしまった。遺族や村人の心情はわからないでもないけど 私刑であることには変わりない。だから地元では徹底的に隠蔽されて 今では当時の古い資料に ほんの少しの概要が載っているだけ。具体的な時期や場所はおろか 犯人や村の名前すらわからない」

「や 焼き殺したって……や やっぱりそうなんだ。うちの後輩 真っ黒こげの家に行ったって言ってたもの。その犯人ってのが その時あった男に間違いない。うん 間違いない」

「……いや これだけのことで間違いないと言い切るのはどうかと思うけれども 確かに それだけじゃあ ない。戦後の記録しか見られなかったけれど、この近辺での行方不明事件 三割が その山の付近で起きている」

「へ」

「その三割のうち、君の後輩が出会った男が関係している事件がどの程度あるのかはわからないけれど 少なくとも君らの先輩が行方不明になった件には関わりあるんじゃないかな。この犯人は 合計九名を殺害した戦前の事件で 被害者それぞれの生前の動く姿を隠し撮りしてから その殺害・解体を八mmフィルムで撮影していたんだ。まるで生物学者の 標本採集みたいに」

「……え……ええと、それって、どういう意味……」

「や 八mm映写機がビデオカメラに変わったのかなあ って意味」

「……か か 変わったのかなぁってあんた……だって、あのビデオ 確かに隠し撮りっぽかったけど、確かにあの時 あの先輩がビデオカメラ登山途中になくしちゃったけど、だって みんなの寝顔撮った後は砂嵐だったじゃ……」

 

 ハッとしたように妻は黙り そしてしばらくのちに言いました。

 

「……砂嵐の後は なにが映っていたの」

 

 僕は妻の質問に答えず 懐にしまっておいたビデオから 乱暴に磁気テープを引っ張り出しました。

 

雨漏り

 とある男性から、「フィクションってことにしてください」という前置きのあとで 聞いた話。

 

「山のふもとにあったぼくの実家は 明治時代に建てられたものでした。ぼくの祖父母がそろって天寿をまっとうしてしまった際に、一度建て替えようという話もあったのだけど、父が猛反対したせいで 今もそのままなのです。

厳格な父でしたが、十数年前に母が逝ってからはすっかり意気消沈してしまって、ぼくの姉が若くして離婚して実家に戻ってきた時は 怒るどころかむしろ喜んで出迎えて、親子二人暮らしを始めたのです。姉は姉で 都会の忙しい暮らしよりも田舎で畑なんぞ耕している方が性に合ったらしくて たまにぼくが訪ねた時も不満そうな様子は見られませんでした。

だから 父と姉の二人暮らしが随分経った頃 姉が最近家を出たがっていると父から聞かされた時は とても驚きました。父は理由がわからないようで、すっかり困惑していました。姉本人にわけを尋ねてみると 姉は青い顔をして 父さんにだけは絶対言わないと約束した上で話してくれたのです。

さっきも言った通り 実家の建物はとても古かったので、始終雨漏りがありました。直しても直してもどこかからポタポタと垂れてくるので、衣装棚や押入れなど どうしても湿気にさらしたくないところ以外の雨漏りは 父も姉もさして気に留めなかったようです。

季節は六月 梅雨入りしてから雨漏りのしない日は数えるほど そんなイライラする季節に、どこの誰がかけてくるのか 頻繁に無言電話がかかってくるようになりました。雨漏りの水に濡れた受話器を姉がとると、十秒程度でブツリと切れてしまう。何故か父がいる時には一度もかかってこず、姉一人の時や ちょうど電話のそばにいた時などに 決まって呼び出し音がなるのです。

旧家の雨垂れというのは 年季の入った独特のにおいがします。雨漏り 湿気 悪臭 腐臭 すえたにおい。それに無言電話まで加わって いい加減イライラしていた姉は、どこかから監視しているらしい犯人を捕まえてやろうと考えました。そこで一度 出かけるフリをして、誰にもわからぬようにこっそりと家の近くまで戻り、誰か様子を窺っていやしないかと 目を凝らしたのです。

しかし いくら捜しても怪しい人物はおりません。あきらめて戻ろうとした時、縁側を上がっていく男の後姿が見えました。来客ならば、いきなり縁側から入ったりしないでしょう。すわ泥棒かと腰が抜けそうになりながらも観察していると 縁側のすぐ近く 電話台で何かしています。男は数分して、再び縁側から出て行きました。

男がどこかへ行ってしまったのを確認すると 姉は恐る恐る自分も縁側から電話台へやってきました。昨日降った雨が垂れて 濡れた電話が樫の電話台に鎮座しているきり、見た目にはなんの変哲もありません。しかし姉は なんとなくいやな予感がしていました。心配するといけないので、父が帰宅する前に屋根裏へ上ってみたのです。

ここまで話したところで、姉はぶるっと身体を震わせて言いました。

『屋根裏はほこりまみれで汚かったから懐中電灯をつけてよくよく見てみたのだけれど、電話台の上あたり いくら捜したって雨漏りの跡なんてありゃしない。つまり 電話にも受話器にもベットリついていたアレは雨垂れじゃなく あの男の唾液だったってことよ』」

 

 


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