ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 14


 

握り手

「すまのばさま という妖怪を知っているか」

 

 そう言うと、僕の知人でヤブ医者であるところの雅巳さんは 僕の返事も待たずに話し出しました。

 

「漢字で書くと 隅の婆様。明かりのない部屋の中、集まった五人のうち一人が『ひとすまのばさま ふたすまのばさま』と言いながら順繰りに仲間の頭を触っていくと、必ず五人目の頭に手を触れるという。そして明かりをともすと、元の通りの面子で消えた者も増えた者もいない。闇の中にしか現れない妖怪、それが すまのばさま」

「うん それはわかったけれど、だから何を言いたいんですか雅巳さん」

「同じ要領で、深夜 誰もいない真っ暗な部屋の中 入り口から丑寅の方向へ這いずっていくと、部屋の隅に鼠にしか通れそうもないような小さな穴を見つけることがある。その穴に手を突っ込むと誰かに手を握られる、という。明かりを灯すと壁に穴なんか空いてない。穴に突っ込んでいたはずの手は壁についている。江戸時代の黄表紙系怪談本に数例見られるこの話は、俗に『握り手』と呼ばれる」

「へえ。穴に手を突っ込むなんて、フロイト的に言えば無意識下の母体回帰願望の表出ということになるのかもしれないけれど」

「どこぞの頭のおかしい精神学者の考えと怪談本を結び付けるのは性急が過ぎるな。これだから心理学かぶれは困る」

「なっ、フロイトを馬鹿にするとは何事ですか雅巳さんコノヤロウ」

「俺が馬鹿にしているのはフロイトでなくお前だ馬鹿め。まあそんなことはどうでもいい。で その 『握り手』なんだが」

「まさか 実際に会ったとか言うんじゃあないでしょうね」

「会ったというか なんというか。

まだ俺が研修医だった頃、同僚と一緒に研究合宿をしたことがある。大学の一部を借り切って割りと真面目に頑張っていたんだが、若者が数人集えばそりゃあ馬鹿騒ぎをするに決まっているだろう。という訳で、肝試しが行われることになったんだ。

場所は大学研究棟でも奇妙な噂の絶えない某準備室だった。まあ生死の境や倫理観が曖昧になりやすい医療現場じゃ 人もモノも混乱しているから 変なことが起こりやすいというのはある。俺たちが合宿したソコでもどこかで聞いたような噂が飛び交っていたから、特に警戒することもなく 深夜 肝試しは行われた。

飛び交っていた噂というのは、保存されているサリドマイド児のホルマリン漬け標本から夜な夜な胎児が抜け出して歩き回っているとか 実は標本の中にはまだ生きている胎児がいるとか、まあ そんな具合だった。

気付いたかと思うが、噂の某準備室というのはほとんど資料室のように扱われていた。『物置』を便利なように言い換えただけだがな。ホコリをかぶった古い実験器具や論文ノートやファイルがたくさん置いてある。その中に、胎児標本もいくつかあった。

ちょうどその時、江戸時代の怪談本が仲間内で流行っていてな。せっかくだから 俺たちは『握り手』の手法を試してみようと思った。仲間の一人が照明を消して、俺たちはそれぞれ丑寅の方向へ手探りで這っていった。夜の資料室は不気味だったが、多人数だったこともあってそれほど怖いとは思わなかった。

……が、俺の前にいた奴が 突然恐ろしい悲鳴を上げた。ひょうきんな奴だったからわざとそうやっておどかそうとしているんだろうと、俺も周りの奴らも考えた。しかし前にいたそいつは悲鳴を上げ続けている。いい加減にしろ、と後ろの奴が電気をつけたとたんに 悲鳴を上げながらそいつは部屋を駆け出して行ってしまった。

びっくりして追いかけて事情を聞いてみると、どうも本当に部屋の隅に穴が空いていて 手を突っ込んでみたところ何やら生温かいモノに触れたらしい。で それが手を握ってきたので、思わず悲鳴を上げて逃げた ということだった。

まさかそんなはずはない、けれどそんなに言うなら確かめに行こう と言ったんだが そいつは青い顔で首を振るばかり。なんとなくしらけた俺たちはそのまま寝場所に帰って寝てしまった。

翌朝、なんだか知らんが早く起きてしまったので、俺は一人で例の資料室に行ってみたんだ。早朝の薄暗い中。丑寅の方向にある部屋の隅は 古びた本やらゴミやらが置いてあり 昨日の騒ぎもあってひどい有様だったが、『握り手』の話と違って 明かりの元でも穴があるのが確認できた。あいつが手を突っ込んだのはこの穴だろう と俺は思った」

「ふうん。つまり元から何故か穴が空いていたんですか」

「そう 何故か ね」

「……え 何か あるんですか」

「よーく調べてみるとそれは穴でなくて、どうやら壁に取り付けられた隠し戸棚だったらしい。ホコリにまみれゴミが隠し 誰からも忘れられていたんだろう。壁を装っていた板を取り外してみると、そこにはズラリと胎児の標本が並んでいた。ホルマリンが変色した 奇形の胎児の死体ばかりだ」

「うえぇ。だ 誰が一体 なんの目的でそんなこと」

「それはいいとして だ。妙なことに気付かないか」

「へ 妙なこと?」

「うん。要するに そいつはなにやら生温かいモノに触れたと言っていたんだよ。胎児の標本が、生温かいはずがない。ましてや手を握ることなどあるはずもない。

そう思って並んだ標本を見てみると、戸棚の奥の奥 ひとつだけ 空のホルマリン標本があった。その標本を取り出そうと手を伸ばした時 俺の手を生温かいナニカがギュッとつかんだ。

驚いて手を引き抜いたが 何もない。奥の方に目をこらしても何もない。俺はなんだかこれ以上深入りしない方がいいような気がして 探索をやめ 戸棚を元の通りに隠して資料室から出たんだが、後ろ手に扉を閉めたところで気がついた。

そのナニカに握られた指先 ホルマリンの液でジットリ濡れていた」

 

夢見酒

 ここ二日ほど 僕の知人であるヤブ医者の雅巳さんの夢を見続けています。

 正直な話 自分の無意識下にヤツの存在がどれだけのウエイトを占めているのか疑問に思うと同時に底知れぬ絶望を感じる訳ですが、かといって夢に文句を言ってもどうしようもない。

 おとといは雅巳さんの仕掛けた怨霊トリックにひっかかる夢で、昨日はいきなり我が家に上がりこんだ雅巳さんが研修医時代の怪談を語り始めるという訳のわからない夢で、今日に至っては雅巳さんによくわからない人体実験の被験者にされて体中の節々に人面瘡が出来るという阿鼻叫喚きわまりない夢で 寝覚めの気分は最悪も最悪。嫌な夢のせいか口の中はいがらっぽいし、今日はまた終わらせなきゃならない仕事が山のようにあるし、まったくいやになっちゃうなあと 布団の中で頭抱えながら内心つぶやいておりますと

 

「おはよう」

「ぐぎゃああああ!」

「いきなり四つ角で斬りかかられた浪人のような声を出すな。あられもない。それでも淑女か」

「朝っぱらから耳元で何くだらねえ冗談を言ってくれてやがるんですか馬鹿野郎! 今度はどっから入ったんですか!?」

「意外と独り暮らしの女の子でも台所の窓に鍵かけてないもんなんだよなあ」

「クッ……隅から隅まで施錠したつもりでいたが……畜生これが夢の続きであれば……」

「なんだお前、俺の夢見たのか? 恋か? 俺に重婚させるつもりか?」

「雅巳さんに差し上げる愛情など 植物性プランクトンの細胞ひとつ分すらもありませんよ」

「俺はほぼ毎日のように惜しみない友愛の情を降り注がせているというのに この薄情者め」

「貴様からの愛などその日のうちに燃えるゴミ行きだ。何しに来たんですか」

「最近お前 疲れてるみたいだからさ。気晴らしにこんなものはどうだろうと思ってわざわざ持参してやったんだ。ありがたく受け取れ」

 

 そう言うなり雅巳さんは傍らから一升瓶を取り出し、寝起きの僕の前にドンと置きました。目が点になる僕。

 

「……なんです これ」

「酒だ」

「いや それはわかります」

「うん。当然のことながら、ただの酒ではない。この前ニューギニアに行った時、なんか五百歳は生きてるとかいう噂のある呪術師にわけてもらった果実酒だ」

「わざわざ持ってきたってことは、なんだか大仰ないわくでもあるんですか。呪術師からもらったって時点ですでに嫌な感じですけど」

「その呪術師が言うには、たとえば儀式中 麻薬などによるトランス状態に陥る前、この酒を一気飲みして 様々な未来を予言するんだそうだ。で それは 必ず現実になる」

「はあ。要するに、予言の儀式に用いる酒なんですね」

「形としてはな。しかし 効能はそれだけじゃあない」

「……効能?」

「たいていのアルコール類はそうだけど、この酒は特に 時間を曖昧にしてしまうらしいんだなあ。時間が曖昧になった上 トランス状態に陥ることで肉体から精神が切り離され、未来の世界を垣間見てくる訳さ」

「……ふうん……けど僕がこんなものもらっても。大体トランス状態になんかなりませんし」

「甘い。脳内麻薬の存在は前々から指摘されている通りだ。ギャンブルホリックや買い物依存症などの例を挙げるまでもなく、ある特定の行為が覚醒剤などの薬物と同様に強烈な依存性を持つことはよく知られている。最も身近な例で言えば まあ 恋愛だろうな」

「なんだか先ほどの話と相まって嫌な予感がするんですけど」

「何? お前まさか本当に俺に」

「死ねよ。とにかく、悪いけれどコレはいりませんよ。今は好きな人も恋人もいないんです」

「まあぶっちゃけた話、トランス状態と等価の恋愛してる奴ってなかなかいない上に気色悪いがな。精神と肉体が切り離されるという意味では恋愛だけでなくレム睡眠中、つまり夢を見ている状態もまあ同等といえるだろう。だから夢を見ている最中にこの酒を飲めば、未来が予言できるというわけだ。お前、夢で悩んでいただろう。この酒を飲んで未来を見てみないか」

「怪しい英語教材の宣伝文句みたいですね雅巳さん…… や だから いらないって言ってるじゃないですか。大体眠ってる間に酒なんて飲めるわけないでしょう」

「まあ大方そう言うだろうと思って、実はお前が眠っている間に飲ませてしまったんだが」

「はああああ!?」 

「いつ起きるかと思っていたが、意外と起きないものだな。チューブを通して数十分かけたら ほら一升瓶が半分に」

「半分に じゃねえ! 何してんだ! 人んちに勝手に上がりこんでるってだけでも図々しいのに 下手すると僕ァ窒息して死亡確認ですよ!? っていうかそんな前からここにいるんですか雅巳さん!」

「まあそう怒るなよ。お前 寝てる時俺の夢見たんだろ? ってことはそれが現実になっているじゃないか」

「な な 現実? まさかあれ、正夢に……」

「なるよ。確実にな。 ……で どんな夢見たんだ お前」

 

わかる人にだけわかればいい

「で 一体どうしてそんな所に立っているんです」

「ええ まあ 聞くも涙 語るも涙の悲しい出来事が半年前に襲い掛かってきてね。こうして街角に立つことになってしまったのよ」

「おや、卑猥な物言いですね」

「このあたしにセクハラ発言とは随分出世したものね。あらあんたネクタイがゆるんでるわよ」

「ゆるんでません! ゆるんでません! 謝りますからそのままネックハンギングツリーに持っていかないでください!」

「けなげなあたしを嘲笑った罰よ」

「ゲホゲホ……け けなげって、誰か待ってるんですか」

「ええそうよ。ふふん、それほど言うなら聞かせてあげましょうか。半年ほど前、はるばる蔭州升に単身赴任してまった恋人を毎夜毎夜こうして寒さに打ち震えつつ待っている私。降り積もる雪。超感動よ。話題作よ。全米が泣くわ」

「いや 雪なんか降ってませんし ていうか全米って。そもそも『いんすます』って 僕ぁ初耳の地名なんですけど、どこにあるんですか?」

「さあ。あたしもよく知らないけど」

「し 知らないって…… あ もしかしてそこ 漁村とかなんとか仰ってませんでしたか。彼氏さんは」

「ああそういえば、漁村だって言ってたわねえ。どうもバスで何時間も揺られて行かないとたどり着けないような陸の孤島だって」

「……あー えーと その恋人さん、SF好きですか。もしくはミステリー」

「そうよ。よく知ってるわね。それがどうかしたの」

「今度ラブクラフトのクトゥルー神話の本を貸してあげるから読むといいですよ」

「ああ?」

「さ 飲みに行きましょう。飲んで忘れましょう」

「な なんなのよぅ」

 

鬼門

 一ヶ月前に引っ越して以来、いやあな夢ばかり見ます。

 先日などは、目がイッてる写真で有名な殺人鬼としてはアンドレイ・チカチロと双璧をなすであろうヨアヒム・クロルが突然窓を割って侵入してきて寝ている僕の首を絞めにかかるという よくわからないけど大変恐ろしい夢を見ました。

 どうにかならないものか と肩を落としながら 馴染みの居酒屋で飲んでおりますと、隣に座ったヒトが話しかけてきまして。

 

「よう。三日ぶりだな」

「おや誰かと思えば、ヤブ医者で甲斐性なしの雅巳さんじゃないですか」

「甲斐性なしはよけいだ。どうかしたのか。顔色が冴えないな」

「実はこれこれしかじかですよ。まあ確かに普段の生活でストレスを感じないってことはないですが、引っ越してから一ヶ月 毎日悪夢にうなされなければならないほどの深刻な悩みの種なんてありませんし、どうしてこんなにイヤな夢ばかり見るのか不思議で不思議で」

「ふむ、そうか。まあ飲め」

「飲んだらよく眠れるんで、言われずとも」

 

 雅巳さんに勧められるままに飲んでいたらあっという間に酔っ払い、気が付けば現在時刻もわからぬ有様。肩を貸してもらいつつ家路につく間中 雅巳さんの愚痴を聞き流し、築二十七年になる木造アパート二階の部屋の扉を開けて そのまま倒れこむように寝てしまいました。

 目覚めると窓から漏れる日差しは既に明るく、まあ今日は休日だしどうでもいいや そのまま寝てしまえ。二日酔いに痛む頭でシャワーを浴びた後はベッドに寝転んで再び眠りに落ちました。

 そして翌日。いつものように出勤して、いつものように仕事をして、いつものように帰ってくれば、確かに鍵をかけたはずの扉がすんなり開き

 さては空き巣か 泥棒か いずれにしても警察へ、と携帯電話を取り出だすまでもなく扉の隙間からニュッと現れた手が僕の腕捕らえ

 

「ぎゃああ!」

「馬鹿、静かにしやがれ。俺だよ」

「雅巳さん!? ま、また不法侵入して!」

「そんなことはどうでもいい。お前、今日は酒飲んでないのか」

「飲んでないですよ」

「じゃあちょっと来い。外で話そう」

 

 僕の抗議などおかまいなしにグイグイと階段の方へ引っ張っていく雅巳さん。いつも思うのですが、僕は何故この人を心の中でしかブン殴れないのでしょう。

 

「ちょっと雅巳さん、一体なんなんですか。勝手に遊びに来といて、いくら雅巳さんが無職だからって」

「お前の部屋、ちょうど玄関が南西方向に向いているな」

「そうですけど」

「昨日はよく眠れただろう」

「はい? まあ、そうですね。酒飲んだんで」

「うん。酒は鬼祓いにも使うからな。酒飲んでる時は変なものに遭っても気づかないことが多い。かえって勘違いする時もあるけど」

「……ええっと、何なんですか」

「北東方向は表鬼門、南西方向は裏鬼門と言って昔から家を造る時にはここに水場と玄関を作るなと言われている。お前の部屋の場合、北東方向に天井柱があり お前の寝ている万年床を通って 南西方向の玄関へ至るようになっている。オンボロの割に随分けったいな造りだな」

「万年床じゃあないですよ! けど、鬼門だのなんだのといったってそれは家相学とか風水とかの領域でしょう。そんなもの現代日本で通用するとでも」

「うん、問題はそこで」

「も、問題?」

「鬼門といっても普段はそんなに気にするもんじゃあない。今も残る万里の長城、あれは北東の方向から攻めて来る異民族を恐れて建造されたもので、鬼門の方角を忌み嫌う風習はこの異民族に由来する。だから現在の、しかも北東から南西に延びる日本列島においてはあまり役に立つ概念ではない。ただ、積極的に鬼が出入りするような方角とは呼べないものの 怨念とか憎しみとか そういう気持ち悪いモノのよどみが流れていきやすい道になってしまうことが往々にしてある。だから、家相学や風水ではなるべく鬼門を道にしないようにしているんだ」

「はあ」

「で。お前の家、さっきくまなく見てきたんだけど、案の定 入り口にあたる表鬼門、つまり 北東方向の天井柱近くに 小さな穴がたくさん空いていて」

「穴? 全然気付かなかった」

「お気楽だな、お前。多分その穴がすべての原因だろうから、もしあそこに住み続けるつもりなら穴をパテか何かでふさぐといい。そうすれば通り道がふさがれて、イヤなモノも流れて来ない。イヤな夢も連続して見なくなるはずだ。まあ、俺ならそんなことしないで引っ越すけど」

「え、え、な、なんなんですか」

「その穴は天井裏に通じていたから、お前がぐーすか眠りこけてる間にちょっと昇って天井板はずして 上の様子を見てみたんだがな。ほこりっぽい闇の中を懐中電灯で照らしてみたら、何を使って書いたのかはよくわからないが 赤茶色の子供の字で 天井板 柱 所構わず 『たすけて』って書いてあった」

 

口説け

「先輩、食い入るように雑誌を見つめてますけど何か興味のある記事でもあるんですか」

「『最高の口説き文句』っていう特集よ」

「へえ。先輩は口説きたい側なんですか、口説かれたい側なんですか」

「そうねえ。やっぱりモノッスゴイかっこいい男に『その鼻からしぼりだした水晶の欠片のような毛穴の角栓をひとつひとつ丹念に舐め取っていきたい』なんて口説かれたいわね」

 

それは口説かれてるというよりも 変態プレイを要求されてるだけなんじゃあなかろうか。

 

口笛

 真夜中に口笛吹くと 奇妙なモノが現れると言います。

 口笛というのは俗に『神降ろし』だとか『神遊び』だとか言って 要するに口寄せの儀式に付き物な効果音であります。鳥に似た声を人が出せるのが不可思議に思えたか 声や拍手の次に手軽な楽器だったからか 口笛の不吉については古今東西 様々な伝承がありまして。先日などは某スピリチュアルカウンセラーが口笛を魂呼ばいの仕草だとか言っていたらしいですが そもそもスピリチュアルカウンセラーって時点でまず(以下自主規制)。閑話休題。

 ……けれどもいずれにしても昔の話。どこにでも不夜城のある時代、夜中に口笛吹いたからとてどうとでもない。はずです。が。

 昨日、女の子と一緒に夜の公園を歩いていた時のこと。寂しい街灯の明かりの下 ベンチに座って口笛吹いている老人がいるのを見て、夜の口笛の話になりまして。

 

「夜中の口笛って 不吉を呼ぶというですよね」

「いいますね。僕の田舎では、蛇が出るから夜中に口笛を吹くなと言われましたよ」

「出るモノは地方によって様々です。人買いだったり鬼だったり、蛇だったりするですよ。なんにしても嫌なモノを招くという伝承です。あのヒトも今まさに嫌なモノを招こうとしているですね」

「……見ず知らずの人に濡れ衣を着せるのは どうかと思いますよ」

「一部のクジラやイルカには言語らしき鳴き声が確認されているですね」

「そうみたいですけど、いきなりの話の飛躍っぷりがすごいですね。つうか、一部のクジラやイルカの音声的意思伝達行為が本当に言語的概念をやり取りしているのか それとも単なる感情表出なのかは疑問が残るところですよ」

「まあよしんば単なる感情表出にしろ、そこにはなんらかの伝えたい意志がある訳ですよ。犬猫などでも 特定の動作によって その個体の心理状態をある程度推測できるですね。それと同じような推測方法が、口笛にもあるですよ」

「口笛に感情が表出すると?」

「で なくて ですよ。口笛というのはあの世の言語なのです。霊と会話する霊能者は通訳のようなもので、依頼者のない場所で霊と直接会話するには、幽体離脱して意識体同士で接触するか 口笛を介してコミュニケーションするですよ」

「……いやに詳しいですね」

「私の祖母は巫女ですから、小さい頃はよくそういう怪しげなことを教えてもらったですよ。今では口笛で何を言っているかすぐわかるですよ。すべてのヒトが口笛で霊と会話するわけないですから 有効利用する機会はないですが、道行くおにいさんがとんちんかんな口笛したりして笑えるですよ。あれです 英語圏の外国人が珍妙な和製英語を苦笑する感じです」

「なるほど。じゃ あのご老人は何を言っているのですか」

「さっきから聞き耳たてていたですが、『間もなく峠に行くぞ。あいつも待っているぞ。ついてこいついてこい、仲間を呼び集めて』……と繰り返しているですね」

「峠ですか? そういえば向こうの道をずっと行くとF峠ですね」

「どうやらその峠で誰かと待ち合わせのようですね。帰るですよ」

「えっ、もう? ご老人は放っておいてもう少し散歩しましょうよ」

「帰りたくないですか?」

「おや、何を言わせたいのですか。今夜は君を帰したくないとでも」

「私は帰りたいですよ」

「……僕の遠まわしな誘いを一蹴しましたね」

「『遠野物語』でも読むといいですよ」

「どういう意味ですか。無知蒙昧な貴様は古典に触れて少しは素敵なダンディになってからプロポーズしろと、そういう訳ですか」

「さっきから脳みそ大丈夫ですか。『遠野物語』にもある通り、時と場所の境である夜中の峠で口笛吹くと不吉が起きるですよ。しかも さっきからあのご老人 繰り返し口笛吹いて、ついてこいとナニカに呼びかけているじゃあないですか」

 

 ふと見るとご老人 ベンチから立ち上がって峠の方へヨタヨタと歩いていくようです。

 

「あの分ですと、待ち合わせ相手はどうなることですかねぇ」

 

 僕 ため息つく彼女と一緒に、ぐにゃりぐにゃり動く白いモノをたくさん周りに引き連れたご老人が公園から出て行くのを 呆然と見つめました。

 

先の影

 真夜中 誰もいない山道を自転車こいで帰途を急いでおりますと たまさか前方に人影が見えます。

 最初はなんともないのですが その内妙なことに気が付きます。いくら自転車をこいでも その人影を追い越せないのです。加えて、今走っている山道 いつまで経ってもふもとにたどり着くことはありません。

 こういう時は、早々に引き返さなければなりません。前を行くのは人ならぬ影であり、むきになって自転車をこいでいる内に しだいしだいに先を行く人影は大きくなり、近くなり、人影と並び、間もなく追い越せるというところで いつの間にか道をはずれていた運転者は自転車ごと崖から転落 命はないのです。

 けれども負けず嫌いな人ほど たとえば名うてのロードレーサーほど 追い越してやろうと懸命になってしまうもので

 そしてようやく並んだその人影がどんな人物か 確かめずにはいられないもので

 僕と目の合った時の彼らの顔といったら まったく滑稽極まりないもので

 崖からまっさかさまに落ちて行くロードレーサーの顔見ながら 僕はいつものように微笑んで 次の獲物を求め闇に消えるのです。

 

埋蔵金があぁぁ

 「『かごめかごめ』には徳川埋蔵金の在り処が隠されているんだ! 何故ならば日光東照宮には隠し細工と呼ばれる彫像が随所にあり、また『鶴と亀がすーべった♪』という歌詞は東照宮の鶴と亀の(以下略)」

 

 ……と言い放って日光東照宮へ行ったまま昨日から帰って来ない彼に、僕はあの時 『かごめかごめ』の歌詞の後半二行は明治時代以降に作られたということを教えてあげるべきだったのでしょうか。

 

書き出し

これを よんで いるころには

きみは このよに いないだろうけど

 

知らない方がいいこと

 介護士の知り合いが教えてくれた話。

 その日、身寄りのない一人の老婆が息を引き取る前夜 付き添っていた彼に言うことには

 

「結婚していた頃、私たち夫婦は戦前から宝石を加工して生活していました。しかし戦争が始まって間もなくして夫は召集され、私は一人で工場を切り盛りしていたのですが 戦争の終わる少し前に広島に落ちた爆弾のせいで失明しました。手も足も焼け爛れ 命だけはながらえたものの明日を生きるすべも知らず ただ焼け野原に取り残されたのです。

ひとつ良かったのは、召集されていた夫が無事に帰還したことでした。夫は目も見えず手もろくに使えない私を見捨てることなく 一緒に生きていこうと言ってくれました。

あの時代、機械もすべて失われて宝石の加工など出来たはずもありません。夫はつてを頼って米軍の物資をヤミ市へ横流しする商売を始めまして あの頃は本当に貧乏でしたけれど どんなにお金がない時でも私は美味しい肉を食べることが出来ました。すべて夫のおかげです。

こんな焼けた指先でありながら、いつかまた宝石の加工をしたいと夢のようなことを言う私に 夫はどこで手に入れたのか いくつかの原石をくれました。磨かなければいくらの値打ちもないちっぽけな石ころですが、私には夫の優しさが嬉しくて仕方ありませんでした。

けれど夫はそれから数年で病に侵され、世を去りました。目の見えない広島の女が一人で生活していくのは大変なことでしたが、私はあの頃夫が残してくれた小さな石を片手に それはもう必死の思いで今まで生きてきたのです。

私は間もなく死ぬでしょう。その前に、あなたにひとつお願いがあります。私の巾着袋の裏側に、夫が残してくれた石がいくつか入っています。どうかそれを私の棺に入れてください。あの世へ行って夫にあった時の手土産にしたいのです」

 

 遺言から一日も経たずに老婆は死んでしまったのですが、彼は言われた通りにはせず その巾着袋をお寺で焼いてもらったのだそうで。

 何故そんなことをしたのか問うてみましたら、「きっとあの人の旦那はいい商売していなかったと思う。だからあの世へ行って本当のことを知るよりも、寺で焼いてもらった方がいいと思ったんだ」などと言うのです。

 

「とはいっても死に際の約束を果たさないというのは失礼な話なんじゃないかな。いくらいい商売をしていなさそうに思えても」

「いや 思っただけじゃなくて。多分、旦那は物資の横流しじゃあなくて 人身売買か何かやってたんじゃないかな。もしくは働き口を探している誰かを殺して持ち物を奪ったり 挙句にはその肉をヤミ市で売って……」

「ちょ ちょっと飛躍しすぎじゃないかな」

「その当時、嫁に食わせるだけ肉が余ってるのに貧乏暮らしだなんて考えられない。戦地から帰って来たばかりで 焼け野原の広島で 盲目の嫁さんを抱えて生きていかなきゃならなかったんだから、必死にもなるよ」

「そうかなあ」

「あの人 宝石の加工をしてたって言ってたけど、多分 火傷のせいで指先の感覚が確かでなくなったんだろうな。だから触っても気付かなかったんだろう」

「なんの話?」

「俺だって何も確かめないままあの巾着袋を焼いたわけじゃない。あの人に言われた通りに巾着袋の裏布を破ってみると、中から出てきたのは原石なんかじゃなく たくさんの黄ばんだ人間の歯だった」

 

 


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