ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 11


 

写真

 今 僕の目の前に 一枚の写真があります。四年前に、旅行をした時に撮った写真です。写真が趣味の同僚U君が、Mさんのデジタルカメラで撮ってくれた中の一枚です。

 写っていたのは僕と I君と Dさんと Mさんの四人。崖のすれすれに座って、思い思いのポーズを取っているという他愛もないものです。周りには酒瓶が転がっていて、こんな所でまで飲んでいやがったのかということを伺わせます。若いって本当に怖い。

 旅行から帰って来て何日か後に、現在他県に出張中でデジカメの持ち主であるMさんから、あの時の写真が送られてきました。丁寧にとじられた茶色い封筒に、何故か あれだけたくさん撮った写真の中の一枚しか入っていませんでした。当然、僕は不可解に思いました。あれだけハメをはずしていつでもどこでも撮りまくっていたU君が、I君が飲み会の席で「俺の勇姿に惚れろ」と叫びながら全裸で胸毛に火をつけた写真を入れないはずがないのです。

 翌日のお昼休み。旅行に行ったメンバーと話をしてみたのですが皆同じ写真をもらっていました。出張から帰ってきたMさんに聞いてみれば、何故かカメラに入っていたデータはその一枚だけだったと言うのです。U君は数日前から無断欠勤が続いているし、どうにもなりませんでした。

 仕方がねえなあと思いつつ、その後すぐ地獄のようなノルマの数々に忙殺されて、僕らはいつの間にかこのことを忘れてしまいました。

 三年前 Mさんが亡くなった時も、思い出しませんでした。

 二年前 I君が亡くなった時も、思い出しませんでした。

 一年前 Dさんが亡くなった時も、思い出しませんでした。

 そして、今年。

 ある日の仕事帰り、テレビの旅行番組で昔行ったあの熱海の旅館が特集されていました。仕事の疲れでビールを傾けながら、僕はじんわりと 思い出していきました。

 そういえば旅行に行ったよなあ そういえばDさんとも行ったよなあ そういえば ここ数年 あの旅行に行ったメンバーだけが 死んでいるよなあ

 そういえば U君から 写真が送られてきたよなあ

 あれっきり見ておらず、今はどこに仕舞ったのかわからないあの写真が妙に気になって、僕はビールを放り出しタンスや机の中身を一切合財 床にぶちまけました。服やタバコやキーホルダーや文房具や訳のわからないサルの玩具などでぐちゃぐちゃになった腐海を一時間ばかりひっくり返していると、いつの間にはさんだのか 『水木しげる全集』の中ほどからあの写真が出てきました。

 物盗りがたった今出て行ったばかりのようなものすごい部屋の中で、僕はしばらくその写真を見つめていました。

 写っていたのは僕と I君と Dさんと Mさんの四人。崖のすれすれに座って、思い思いのポーズを取っているという他愛もないものです。

 写って『いた』のは、確かに その四人だったはずなのですけれど。

 今、写真に写っているのは、崖の右端で笑っている僕一人だけ。他の三人はどこにもいないのだけれども、背景や日付は確かにあの時のものなのです。

 そして崖のそばに座っている僕の後ろから 僕の肩をつかんで 崖に落とそうとしている U君の ゆがんでひきつった物凄い形相が覗いていて

 ……ふと嫌な気配を感じて後ろを向こうと したけれど 僕の顔は石になったように動かない。もがくことも出来ずにいると、首の後ろから ぬうっと二本の腕が伸びてきて、あの時 無理やり酒を飲まされすぎて酔っ払って崖から落ちていったままのU君の顔が 僕の目をじっと覗きました。

 

「眠る前に、何やら変なものが見えることって あるよねえ」

 

 彼女は僕の鎖骨辺りに首をもたれさせながら、ふと思い出したようにつぶやきました。僕はベッド横のカーテンを片手で引いて、彼女の柔らかい髪の毛をなでました。

 

「変なものって、何が?」

「私ね、夢を見る間際に なんだか変なイメージが頭の中をぐるぐる回るの。もしかしたら麻薬中毒者の見る幻覚ってあんな感じなんじゃないかと思う。……エヘ、私はやったことないけどね。もちろん」

「幻を見るなんて面白そうだけどなあ。具体的には、どんなものが見える?」

 

 髪をなでながら尋ねると、彼女はちょっと困った顔を作りました。

 

「……それが、覚えてないのよ。とっても変な幻だってのはわかってるんだけど、眠る間際だからその後すぐに意識がなくなって、起きるとどうしても思い出せないの」

「ふーん。その、眠る間際ってのは意識があるんだ」

「そう」

「じゃあ幻が見え始めたら僕が起こしてやるよ。その後何が見えたか教えてほしいな」

「……うーん、そんなにうまくいくかなあ。でも、そうね。やってみるわ」

 

 そう言って笑うと彼女は僕に身体を預けて、すぐにスヤスヤと 安らかな寝息を立て始めました。

 彼女が目をつむるとすぐに周りの世界は闇から光へ変わります。引いたカーテンは、開きっぱなし。窓から差し込む日の光がやけに明るくて、横たわった彼女は今にも目を開けてしまいそうでした。

 部屋のドアが、無遠慮に開きました。出てきたのは、真っ白な服を着た女の人でした。

 僕は入って来た女の人を見つめますが、女の人は僕に気が付きません。ベッドの周りをしばらくうろうろしたかと思うと、変な機械を確かめ、何か言いたそうに 僕のそばで眠っている彼女を見やると そのまま部屋を出て行きました。

 心拍は安定。点滴も、十分。飾られた花はまだ散りそうもない。けれどあのお見舞いのメロンは、彼女に食べさせてやりたいなあ。

 そんなことを思っていると、腕の中で眠っていた彼女がまばたきをしました。僕は、笑みを作って彼女の髪の毛をなでました。

 

「どうした?」

「少し、寝てたわ。また変なものが見えた。たくさんのチューブよ。私の身体に巻きついているの。看護師みたいな女の人も……」

「そう。奇妙な幻だね」

 

 僕が言うと、彼女は鼻にチューブを挿した顔で微笑みました。

 いつの間にか周りを温かな闇が包んでいます。どうやら僕らはまた 彼女の夢の中に入ったようです。

 

秘密

 最近は、根性のない新入社員や同期が会議前日などにトンズラしまくって挙句に自主退職しやがり、翌日には連絡が取れなくなるという最悪のパターンにも慣れてきたのですが、それでもサービス出勤・サービス残業の強要を連発されるというのはいただけません。娯楽のひとつも欲しくなるってぇもんです。

 と、いう訳で、今日も忙しく会社でパソコンを 打ちつつ さりげなくピンク色と肌色のサイトを見ておりましたところ、いきなり後ろから「ちょっといい? 昨日の会議で」などと言いながらS君が現れたため 思わずパソコンの電源を切ってしまって八割方終わっていた書類のデータが さようなら。

 よっぽど胸倉をつかみあげてやりたかったのですが、責任の十割は僕にあるものですからS君を問い詰めることもできません。「俺が二時間かけて集めていた画像の数々を!」などとも言えません。あ、書類のことも言えませんね。うん。

 なんてぇことを考えつつ、こめかみをピクピクさせながらS君に応対していたのですが、昼休みになって同僚と一緒に昼ごはんを食べに行ってからも怒りは収まらず。抜きん出て取り柄もないS君がいきなり部長なぞに昇進しやがるらしいというのも関係あります。どうやらS君は社長の娘と婚約が内定したらしく、その関係で……というのが噂になっています。社長は家族については頑として何も話さない上にS君本人も何も言わないので、あくまで噂ではありますが。

 同僚と一緒に仕事場に戻ってきてボンヤリと窓の外をながめているS君を見ると更にハラワタがグツグツ煮えくり返ってきて、ついつい タバコをふかしながらS君に話しかけてしまったのです。

 

「やぁS君。先ほどはどうも」

「ああ、どうも……? 何?」

「ところでさあ、こんないい天気の日は、普段言えないことも言えてしまうよねえ」

「そんなもんなのか?」

「そんなもんだって。たとえば、君の秘密だとか」

「秘密? おいおい、何だか意味深だなぁ」

「お、言っちゃってもいいのかい。ふふ、実はさあ、この間見ちゃったんだよ。やあ意外だなあ。S君がそういう人だったなんて」

「な、なんだよ、その目は。何を見たって言うんだよ」

「ここで言っちゃっていいならいいけどね……」

 

 なぁんて言いながら、向こうの方で部長のヅラ疑惑について熱く議論している同僚たちを見ると、S君の顔色が見る見る内に青くなっていきました。しまいには、「今日おごるからさ、飲みに行こうぜ」なんて言い出す始末。ほほう、よっぽどバラされたくない秘密と見える。

 当然のことながら僕は何も見ちゃぁいないのですが、普段はおちゃらけ屋のS君の真面目な表情がおかしくって、おごってもらった後で種明かしをすればいいかなあ と考え、その日は珍しく二人だけで飲みに行きました。

 入ったのは行き着けの居酒屋。S君が昔から馴染みにしている所だそうですが、僕は一度も来たことがありませんでした。店内はまだ時間が早かったせいか、誰もいません。僕ら二人はカウンターに並んで腰掛け、風邪気味の大将にビールとめいめいのつまみを注文しました。

 大将はマスクの内でゴホゴホ咳き込みながら厨房に入っていきます。唾か何か 料理に飛んでいないだろうか。ちょっと不安です。

 

「……それで、さ……お前が見たのって、もしかして昨日?」

「そうだよ」

 

 いきなり話を吹っかけられて思わず返事をしてしまいましたが、S君は疑うこともなく「やっぱり」と言いました。

 

「どこで見た? トイレ?」

「トイレだけど」

「畜生、やっぱりなー。俺も前々からあのトイレ、開放的すぎていつバレるかヒヤヒヤしてたんだよ」

「なんだよー。会社でやましいことすんなよな」

「まあそうだけどさ……で、お前、誰にも言ってないだろうな」

「言ってねーよ」

「そうか、ならいいんだ……実は俺もちょうどこの身体に飽きていた頃でさ」

 

 僕の後ろからいきなり二本の腕が伸びてきて、万力のように締め上げました。振り向くと店の主人が僕のことを羽交い絞めにしていて、

 僕は、マスクの取れたその顔が S君の義父となる つまり社長であることに気付き、目を見開いてS君に助けを呼ぼうとしたのですが、僕の目の前で、S君のニーッと笑った顔が ゆっくり ぐるりと 180度回転し

 

「これからも仲良くしようぜ」

 

 後頭部の付け根から肌が裂けて真っ赤な口が大きく開くと、そういえば数日前から同僚が次々自主退職して行方不明になっていたなと思い出す間もなく僕を頭から飲み込みました。

 

七夕

 今日は七夕だというのに、朝から雨。バス停から歩いてきてようやくアーケードに入った僕は、濡れたワイシャツをしぼりながらため息をつきました。通りはさすがに午後だけあって、買い物中の親子連れやおじさんの姿が目立ちます。

 商店街のアーケードに笹が飾られるのも今日で最後。しかし僕はといえば、生々しい願い事が書かれた短冊を生ぬるい目で見る程度の興味しかありません。「孕みませんように」おいおいお嬢さん。「五大陸が再び一つになりますように」パンゲア復活か。「たかしになりたい」無理だと思う。……こんな感じで短冊をながめていると です。

 

「あらこんにちは。どうかしたの?」

「おや、こんにちは。こんな所で会うなんて珍しいね。何、ちょっと短冊をながめていて」

「こんなのただのおまじないだけど、他人の願い事を見るのは楽しいわよね」

「変なことも書いてあるしね」

「ねえ知ってる? 七夕って、本当は七月七日じゃないのよ。昔は」

「ああ知ってる。今は太陽暦で、昔は太陰暦だからね」

「暦も昔は地方によってバラバラだったから、統一しようって方が無茶なんだけどさ。それにしてもこんな他力本願な方法で自分の運命を何とかしようって、だいぶ腐った根性よねえ。あたしなら他の方法を使うわ」

「ほ、他?」

「それじゃ、特製のかささぎ料理を作らなきゃいけないからこの辺で……願い事が叶うのを楽しみにしてるわ」

 

 そう言うと彼女は、僕が何かを聞く前に万引きのバレた中学生のごとく走り出して行ってしまいました。かささぎ料理って、何が。楽しみって、何が。謎は尽きません。

 いつの間にか人通りの少なくなった商店街アーケード通りに突っ立っている僕の肩を、後ろから誰かが叩きました。振り向いてみれば彼女ではなく 知り合いの雅巳さん(仮名)とその奥さんでした。

 

「何やってんだ。もうタイムセールは終わったぞ」

「ああ、こ、こんにちは。奥さんつれて買い物ですか。いや別にタイムセール目当てで突っ立っていた訳でなくて、実はこれこれしかじか」

「へえ……お前、昔から厄介なことに巻き込まれるタイプだとは思っていたが、そこまでとは思わなかった」

「なんですか急に。人聞きの悪い」

「ずばり言うが、お前 その女と痴情がもつれたことがあったんじゃないか? 恐らく一年前」

「うっ……!? な、何故そのような!」

「そして今、新しい女がいるな」

「た、確かに今は資産家令嬢と婚約中ですけど、だからどうしてそんなことが!」

「出世目当ての結婚かよ。お前のくせに。まあいい。七夕にまつわる話を最初から思い返してみろ。織女と牽牛が天の川のほとりで出会うっつうのがおおまかな話の筋だが、それとは別に既に二千年以上前から中国で五節句のひとつである七夕は宮中行事として執り行われていた。それが日本に入って罪穢れを払う儀式になった訳だ。二十四節気のひとつ処暑の七日後に行われるから暑さによる病などの厄を払うためだったのかもしれないな」

「すいませんが、何言ってんだかさっぱりわかりません」

「つまり七夕は願い事を叶えるための行事じゃないってことだ……ここでまた七夕伝説を思い出してみる。一年間働いた織女は空が晴れていれば天の川を渡って牽牛に会えるが、雨だと天の川が氾濫して会えない。そうすると、かささぎたちが織女を哀れに思って自分らの身体で橋を作ってやるんだそうだ」

「え、じゃあ、かささぎ料理って……」

「旧暦の七夕に思いを叶えてくれるはずのかささぎを料理してお前らの幸福が橋渡しできないようにしてやるっていう呪詛だよ。どうでもいいけど、今日は朝から雨だよな。きっとかささぎが橋を渡しに己の身を捧げて……あれ、おい、どこ行くんだよ」

「どこって、彼女を説得するんですよ! そんなバカなことされて俺の出世が邪魔されるなんてたまったもんじゃねえ! それじゃ!」

「おーい、馬鹿野郎、そんな非科学的なことある訳ねえだろ。今時呪いなんて流行ら……あーあ、行っちまったな」

 

 

 

 

 

「ねえ、いいの? 放っておいて」

「いいんじゃねえか。俺には関係ないし」

「でも、本当にその彼女が呪いをかけるつもりだったらどうするのよ」

「いや、それはないな。あれだけ知識のある女ならもっと効果のある呪法を調べられるだろう。きっとあれは呪いをかけるっていう脅しでなく、お前らの幸せをぶち壊しにしてやるっていう比喩だったんだろうな」

「え、じゃあ、どうしてその彼女はかささぎ料理作るなんて言ったのかな」

「その女としては、自分は牽牛との仲を引き裂かれた織女のつもりなんだろう。ってぇことは、あいつの婚約者さえいなくなればその牽牛が戻ってくることになる。婚約者の女は、彼女にとっては自分とあいつとの仲を取り持つためのかささぎなんじゃないか」

「それじゃあ、かささぎ料理って……」

「いずれにしても、俺には関係ない。早く帰ろうぜ。腹減った」

 

また会いましょう

「あの花畑を越えて川を渡れば、すぐに会えるから

 と いう遺書を残して彼女が死んでから毎日三途の川の夢を見るのだけど、どうすればいいかなあ」

 

 と いうメールを既に死んだはずの友人から受けたのだけど、僕はどうすればいいのかなあ

 

都市伝説:メリーさん

「もしもし」

「モシモシ、私、メリーサンヨ」

「……はぁ?」

「今、アナタノ マンションノ 一階ニイルノ」

 

 メリーさんからこんな電話が来たのが、かれこれ四日前のことです。

 最初は当然イタズラだろうなぁと思っていたのですが、翌日、翌々日と同じ時間帯に電話がかかってきて、ははぁ これはちまたで言う「メリーさんの電話」という奴だろうと思うに至りました。

 「メリーさんの電話」は、こうして一日ごとにマンションや団地を一階ずつ昇っていって、そのたびにどこからか不気味な電話をかけてくるという都市伝説のことです。最後はどうなるんだか知りませんが、まあともかくとして僕のいるこの部屋はマンション五階。噂が本当であれば、今日メリーさんがやってくるはずなのです。

 しかし、どうしてまたメリーさんからこんなけったいな電話がかかってくるのか、僕にはいくら考えてもさっぱりわかりませんでした。第一、メリーさんに恨まれるような理由が思いつきません。

 ふーむと首をひねっておりますと、居間の電話が鳴りました。あぁ、きっとメリーさんからです。

 

「もしもし」

「モシモシ、私メリーサンヨ。今アナタノ部屋ノ前ニイルノ」

「あの、何故こちらに電話をかけてくるのかお尋ねしてもよろしいですか」

「アナタ 私ヲ川原ニ捨テタデショ。絶対許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ許サナイ」

 

 電話は静かに切れました。質問にちゃんと答えている辺り、何だか律儀です。ほう、部屋の前にいると。

 それにしても、川原に捨てられるならばメリーさんはやはり人形なのでしょうか。それとも、小動物か何かかなあ。確か噂では人形だった気がするのだけど。

 僕は居間の壁にもたれかかって、電話が鳴るのを待っていました。噂が正しければ、覗き窓で玄関のドア向こうを覗いても誰もいなくて、なんだあと思って帰ってきた瞬間にもう一度電話がかかってくるはずなのです。

 果たして、電話はかかってきました。僕は、ワンコールの終わらない内に受話器を取りました。

 

「もしもし、メリーさん?」

「…………モシモシ……」

「どうかしたかい。今、どこにいる?」

 

 メリーさんは、答えません。受話器を耳に当てたまま視線をめぐらせていると、ソファのそばにある鏡に寝室のドアが少し開いていて そこに小さな可愛らしい人形が立っているのが見えました。

 僕は立ち上がってベットリと血のついた鉈を振り上げ、メリーさんに向かって微笑みました。

 

「君は君を捨てたご主人の声も覚えていなかったのかな。人形だから聞き分けられないのかな……ああ、君のご主人だったこの家の女の子ならちゃんと冷蔵庫に保存してあるよ。そこいらにある不細工な死体と違ってね。それにしても僕は何て運がいいんだろう。さあおいで、君を捨てた女の子と一緒に保存してあげよう。ばらばらにして」

 

 寝室いっぱいに広がった血のりの中で、僕が人形を見失うはずもなく。

 

都市伝説:トンネルの怪

 その古いトンネルは県外でも割とよく知られたミステリースポットでして、ここいらの若者の間ではかなりの知名度があるのです。

 大学生の彼ら四人もその噂を知っていて、軽い気持ちで「肝試しに行こう」と誘い合い、車に乗ってトンネルにやって来たのでした。

 噂の内容はといえば、午前三時にトンネルの真ん中でクラクションを三度鳴らすと、何か恐ろしいことが起きるというもの。どこにでもありそうな怪談だけに彼らも気軽に構えて、きゃいきゃい騒ぎながらトンネル真ん中で午前三時を待ったのでした。

 さて、午前三時になり、いくぞ?という好奇心たっぷりな運転手の彼の声とともにクラクションが三度押されました。薄暗いトンネルの丸天井に、クラクションの甲高い音がエコーを伴い鳴り響きます。

 皆、息を潜めてしばしの沈黙。

 しかし何事もありません。

 おっかしいなーと運転手の彼、続けざまにまた三度クラクションを鳴らしました。しかしやはり何事も起こりません。

 どっと笑い声が起こって、だから噂なんてあてにならないんだよなあと 軽く笑い合う後部座席と助手席の三人。ひとしきり噂と関係のない話をしてから、そろそろ帰ろうと運転手の彼の肩を叩きました。

 けれど運転手の彼はうつむいたままじっとしていて、動きません。

 

「おい、どうしたんだよ。早く帰ろうぜ」

「あたしカラオケ行きたい。駅前なら遅くまで空いてるっしょ?」

「……なあ」

「え?」

「俺たち、友達だよな」

「何言ってんだよ」

「俺たち友達だよな」

「当たり前だろ?」

「何があっても見捨てないよな?」

「はいはい、見捨てないって。大丈夫大丈夫」

「……じゃあ俺の足元を見てくれ」

 

 そう言って黙り込む彼の足元を最初に見て、悲鳴を上げたのは助手席の女の子。彼の足首を、白い二つの手がぎゅーっと握り締めていたのです。後部座席にいた二人もそれを見て跳び上がり、ドアをバンと開けて、訳のわからない言葉を叫びながら一目散に逃げて行きました。

 

「待ってくれえ! 置いて行かないでくれえ!」

 

 悲痛な彼の叫びも、後も見ず逃げる三人には届きません。暗い暗い車の中で彼は独りぼっちになりました。

 あー、と頭を抱えた彼は、次の瞬間はっとして後ろの僕を振り返りました。

 

「お、お前、残っててくれたのか?」

 

 僕はにっこり笑って、安堵にとろける彼に両手が無いのを見せました。

 

「だってそれ、僕の手だからね」

 

迷夢

 朝起きてみると九月でした。

 テレビや新聞は紅葉シーズンの情報を伝え、窓から見下げてみれば道行く人々も揃って長袖を着ています。

 僕はあくびをしながらヨレヨレのTシャツを着替え、いつものように菓子パンをかじりながら出勤しました。時計を見れば既に遅刻確定時刻ですが、そんなことをいちいち気にしていてはいけないと専務も言っていたのであまり気にしません(専務は去年ボスニアに左遷されました)。

 会社にやって来ると、デスクに朝礼を終えたばかりの同僚の木村君が突っ伏していました。

 どうかしたのかいと肩を叩くと、持病の偏頭痛がひどいんだという返答。君の持病は胃潰瘍だった気がするんだけど、偏頭痛も併発してしまったのか。そりゃ大変だ。と、あくまで他人事の僕はパソコンに向かい、いつものように仕事を始めます。

 僕の後ろでは仕事中にも関わらず黒田さんが堂々と携帯で通話中。隣では清水君がこっそり海外ボンテージサイトを覗いているし、課長も鼻くそをほじりながら書類を見ています。

 それらをこっそり観察している内にお昼休み。お誘いをすべて断って、僕はデスク前で朝食の残りの菓子パンをかじっていました。すると後ろから胃潰瘍と偏頭痛持ちの木村君が声をかけてきました。

 

「どうかしたか。浮かねえ顔してんな」

「まあね」

「不思議?」

「……何が?」

「ひとつヒントをやるよ。決定的なことがひとつあるから、それを捜せ。一日が終わらない内に」

 

 そう言うと木村君はオフィスを出て行ってしまって、おかげで午後からの仕事は何も手に付かなくなってしまいました。

 うなだれながら挨拶を交わし、僕はいつものように帰宅する最中、木村君の言ったことを考えていました。

 そう、僕はどうにも疑問だったのです。何となく 昨日まで八月だったような気がするし、僕がいつもストックしている菓子パンはジャムパンのはずなのに今日はクリームパンだし、胃潰瘍持ちの木村君が偏頭痛持ちになっているし、黒田さんの着メロは『Let it be』でなく『Imagine』のはずだし、清水君は普段絶対に海外サイトにはつながないし、部長の鼻をほじる時の手 右利きのはずが左利きになっていた。

 けれど、ちょっとずつ違うと言ったって、ここは僕のいる世界に変わりないのです。

 疑問を抱えたまま仕事を終え 部屋に帰って来てイスに座り、この一日が終わればどうなるのだろうと僕は考えました。けれども考えれば考えるほどわからなくなり、焦燥だけが募っていきます。

 手元の時計を見ると既に午後十一時を過ぎていて、間もなく一日が終わります。

 仕方がない、木村君に直接聞こう。答えは教えてもらえなくてもせめてもう少しヒントを聞きださねば、と思って携帯電話で電話をかけてみますが、あいにくと木村君は携帯の電源を切っていて通じません。なんじゃあこりゃあと電話を切った瞬間、僕は携帯の画面を見て あれ と気が付きました。

 

「……今日、九月の……『三十一日』?」

 

 

 

 真っ白なベッドの上で目が覚めると、包帯だらけの僕はたくさんの人に囲まれていました。医師らしき人が「意識が回復しました」と言い 悲鳴にも似た歓声の後、僕はひとしきり事情を説明されました。

 ……この世ならぬものはどんなにそっくりでも決定的に違う所があり、矛盾に気が付かなければそのまま虜となると、以前にドッペルゲンガーの映画を見に行った帰り 木村君は冗談交じりに話していたことがあります。

 彼は きっと 矛盾に気付く前に一日を終えてしまったのでしょう。社員旅行中のバス転落 助かったのが僕一人と聞いた時、僕はぼんやりとそう思いました。

 

餓鬼

 ずっと前に、「今はもう知っている人は少ないのだけど」と前置きしてから、友達の医者が教えてくれた噂話。

 昔、余命いくばくもない大病を患った女の子がおりました。

 その病気というのが肝臓からくる病だったそうなのですが、女の子の血液型が大変特殊であったため、移植をしようにもうまいこと相性のいい提供者が現れなかったようなのです。

 間もなく死ぬであろうわが子を思い、裕福な両親は四方八方 手を尽くし、とある医者に多額の金を積んで口を割らせた所、もう少し金を出せばいい臓器が手に入る とのこと。

 果たして、提供された臓器によって手術は成功。女の子は退院することが出来ました。

 けれど、当初は娘の回復を喜んでいた両親も だんだんと 何かがおかしいことに気付いたのです。退院した女の子は食欲旺盛、以前は数種類のスープしか口に出来なかったのが嘘のように何でも食べるようになり、ご飯のおかわり五杯六杯は当たり前 両親の分まで食べてもまだ足りず 冷蔵庫を漁ってようやく腹八分目という有様。尋常じゃあ ありません。

 どんな医者を訪ね歩いても異口同音な診断結果。一人のヤブ医者が「これは精神から来る病気です」なんて言って女の子を精神病院に隔離させたのだけど、女の子の食欲は増すばかり。

 食欲以外はごく普通の娘を見て、両親は もしかしたら あの移植手術の時に臓器を頼んだ医者が悪かったのではないかと思い当たりました。

 娘を精神病院に置いている間に両親は捜し回りましたが、既にあの医者は病院を辞めていてどこをどうやっても見つからない。困っていたところ、ある日 数年前に移植された肝臓を捜していると言う男から電話がかかってきました。

 その男が、語るところによれば。

 移植手術が流行り始めた頃 あの肝臓はどこからかやって来ました。出所は誰も知りません。しかし一部医療関係者の間では『餓鬼のはらわた』と呼ばれているそうです。

 不思議なことに あの肝臓はどんな体質を持つ人間にも免疫抵抗を生じさせることなく癒着するのだそうです。知られている限りで、これまであらゆる血液型の人間に移植され、いずれも手術は問題なく成功しました。しかしながら患者は手術後 決まってすさまじい食欲に見舞われるとのこと。

 何故そうなるのかはわかりませんでした。どれだけ研究しても、あの肝臓はごくごく普通のものなのです。そうして肝臓は廃棄処分にされるのですが、何故か決まって めぐりめぐって誰かに移植されてしまうのです。

 ただ と男は言いました。

 ただ、そうして移植されて新たな宿主を得ると あの肝臓は通常のものとまったく違う働きをするようになるのです。つまり 有毒物の無毒化でなく麻薬的成分の生成 それによる脳内満腹中枢麻痺および肝臓周辺の消化器官肥大、ありていにいえば食欲の急激な増進作用をもたらす これが『餓鬼のはらわた』の所以。

 今は単なる食欲旺盛で終わっているけれども、肝臓の宿主は遠からず死んでしまうと聞かされた両親が あわてて病院に向かった頃には時既に遅く 女の子は病床で痙攣起こして死んでいました。

 そうして司法解剖された女の子の腹腔 心臓も 肺も 肝臓も 腸も ほとんどすべてなくなっていて、残ったのは巨大化した胃のみ。調べてみた所 何故かそれは移植されたはずの肝臓でした。

 どこをどうしたものか 肥大・変形した肝臓は膨れ上がった胃のような形状を呈しており、その肝臓の中から女の子の体内にあった臓器がズルズルと発見されました。

 間もなくして女の子は火葬されることになったのだけど、彼女のお腹にキッチリあの肝臓がおさまっていたか 誰も確かめるようなことはせず。

 もしかしたら、女の子の両親に電話をかけてきたっていう男 お金持ちに移植用臓器を密売する業者だったんじゃあないか なんていう話もあるようです。だとしたら、こっそりその臓器を持ち去ってお金持ちに売り飛ばすために女の子を捜していたのかもしれません。

 そもそも お金を持っているってのは、大変だっていうことですよね。

 でも食事も満足に食べられないような家庭よりはマシだと思うなあ なんて思いながら、肝臓移植したばかりの僕は 最後に残った妻の肉片を飲み下しました。

 

髪の毛

 「宅急便でーす」という声につられて玄関のドアを開けてみますれば、宅急便どころか僕のストーカー(といっても差し支えないんじゃなかろうか)でヤブ医者の雅巳さんでした。

 雅巳さんは光の速さでドアを閉めようとする僕の腕をガッとつかんで身を乗り出し、無理やりご来宅を達成。

 

「よう久しぶり。実はこの間、押入れの上の棚から、俺のものでも奥さんのものでもない長い髪の毛が見つかったんだ」

「雅巳さん、僕ちょっと忙しいんで立ち話も何ですからとっとと帰ってください」

「このままベッドに連れ込まれて一生物の心の傷を負わされたくなかったら黙れ」

「きっ、貴様!」

 

 僕の抗議などまったく意に介さぬ様子で、雅巳さんは語りだしました。

 

「それで、どうしてそんな所から髪の毛が見つかったんだろうと思い調べてみたんだ。しかし棚の中にはなんにもない。おかしいと思わないか」

「おかしいって、何が」

「お前も知っての通り、我が家は散らかり放題で足の踏み場もない。それなのに押入れの上の棚にだけは何も入っていないんだ」

「え」

「梯子を使って昇ってみたが、特に何の変哲もない。懐中電灯で照らしても何もない。おかしいなあと思い、しかし誰かがイタズラで忍び込んだんなら少しこらしめてやらなきゃならん。そこでちょっと実験で使ったマウスを何匹か棚に閉じ込めてみた」

「えっ……それって動物虐待じゃ」

「人間は何かを犠牲にしてしか生きられないんだぜ?」

「『だぜ?』じゃない。それで、どうしたんですか」

「翌朝マウスの様子を見に行ったんだが、全匹いなくなっていた。脱走したんじゃない。念のため棚の中に小麦粉を撒いていたんだが、マウスの足跡は抜け道となるような穴へ行った形跡はなかった」

「……じゃあどこに行ったと」

「それがわかれば苦労はしない。いくらなんでもちょっと不気味なことが続くから、ちょっとお前に見てもらおうかと思ってここに来たんだ」

「ええ!? ぼ、僕は霊能者じゃないんですけど!?」

「ほう、そんなに心の傷を作りたいのか」

「こ、この卑怯者めッ……!」

「ありがとう」

 

 日本語の通じない雅巳さんにそのまま連れ出され、僕はいわくつきの雅巳さん宅押入れ上の棚に潜入する羽目となってしまいました。

 もしもの時のために雅巳さんは命綱をくれましたが、これがどのように役立つのかは理解不能です。

 雅巳さんに期待するだけ無駄なことですし、僕は散らかり放題に散らかった部屋を踏み越え、例の棚へと潜り込んでみました。

 懐中電灯のスイッチを入れて中を見てみると、確かに小麦粉の白い跡があります。マウスの足跡がくるくる続いていますが、一晩中閉じ込められていたにしてはいやに足跡の数が少ない。しかも所々に点々と、長い黒い髪の毛が落ちているのです。

 懐中電灯でくまなく調べ、何もないことを確かめてから、戻ろうとした時に

 ふと頬をなでる何かの気配

 驚いてぬぐったてを懐中電灯の光に当ててみれば、黒く 長い 髪の毛

 はっとして上を向くと、はずれた天井板からこちらをじっと覗いている女の人と目が合いました。

 

「ぎゃーッ!」

 

 遠慮なく悲鳴を上げて棚から転げ落ちるように出てきた僕を、さすがに驚きながら雅巳さんが受け止めてくれました。

 

「どうした、ゴキブリでも出たか」

「い、いや、違、そうじゃなくて、なんか変な女の人が……う、う、上から、なんか、覗いてて、髪の毛が……」

「女?」

 

 しどろもどろにまくしたてる僕をその場に置いて、止める間もなく雅巳さんは棚の中に入っていきました。

 間もなくして出てきた雅巳さんは、何やら古い巻物を抱えて戻ってきました。

 降り積もったほこりを払い、雅巳さんは座り込んでいる僕に向かって「これがあっただけだ」と言いました。

 

「恐らくはこれが原因だろう。どうもありがとう」

「どうもって、訳がわからないんですけど」

「俺は仕事柄色んな国に行って色んなもんもらってくるから、どれをどこに置いたかよく忘れるんだ。こいつもそのひとつで、確かタイに行った時にもらったみやげ物のひとつだと思う。これは掛け軸でな。元はどこに飾っていたのだか知らんが、人食い鬼を描いたものだ。タイでは魔よけとして使われていたようだが、いらないからと言われてもらった」

「雅巳さん、もしかしてそれくれた人に恨まれてるんじゃないですか」

「うん。恨まれてると思う」

 

 雅巳さんが掛け軸の封じ紐を解いて下まで広げると、中からは 口を真新しい本物の血で真っ赤に染めた恐ろしい鬼が歯をむき出し こちらを睨みつけている絵

 息を呑む間もなく雅巳さんが掛け軸を横から引き裂くと、紙の中に織り込まれた 黒い 長い 髪の毛が バラバラと床に落ちました。

 

 


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