ひわの葉薬(トップ) > 掌編 > 10


 

アングル

 同僚のM子さんからストーカーに狙われているとの相談を受けたのは、お昼休みにサンドイッチをぱくついていた時のこと。いつもの妄想かと思って聞いてみれば、なんでも 毎日 毎日 奇妙な電話がかかってくると言うのです。

 

「もう本当に怖くって怖くって。家の中にいる時のことを何だって知ってるの。本当に気持ち悪い。なんだか布を口に当てたみたいな変な声で……警察には相談できないし」

「うんまあ警察に相談したらあんたのことだからホコリがたくさん出てくるんだろうけど。それにしても気色悪いね。盗撮カメラがあるんじゃない?」

「そうとしか思えないの。探偵雇う前に何か出来ることってあるかな」

「カメラがどこに仕掛けられてるかならわかるでしょう。とりあえず家の中をくまなく捜してみて、なかったらとりあえず自然なフリを装ってなんか印象深いことしなさい」

「印象深いこと?」

「大体あたりをつけた位置から見えない所でたとえばガムを噛むとか、普段は飲まない種類のお酒飲むとか。その内のひとつを電話で野郎が得意げにしゃべったら、それが見える位置にカメラがあるってことよ」

「なるほど! 頭いい!」

 

 実は単なる冗談だったのですが、彼女は実行してしまったらしく 後日 出勤するなり非常に興奮した様子で私に報告してくれました。

 

「来たの! 来たの! 電話!」

「マジっすか! どんなこと言ってた? カメラはどこにあったの?」

「うんとね、あのね、まず間違いなくテレビの近くよ。ベッドの下にもぐりこんでバナナを食べたりとか お風呂に入ってる時に両手で鼻をほじったりしてたんだけど、居間に仕掛けられてるとは思わなかったね! 野郎、得意げに『めちゃイケ見ながらおもむろに鼻眼鏡をかけた君にすごく興奮したよハアハア』なんて言ってきやがって、テレビのまん前じゃなかったら鼻眼鏡だなんてわからないってのにバカなストーカーよ!」

「あんたもそいつもバカとしか思えないけど、何はともあれカメラが見つかって良かったね。で、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、会社についてすぐに電話がかかってきたからまだそのまんまよ。ちょっと怖いから、今日は付き合ってくれない?」

「まあいいけど」

 

 と、承諾してしまってからえらいことに巻き込まれたんじゃなかろうか と心配になりましたが、まあ長い人生にこんなことが一度や二度あってもいいかなと思い直して付き合うことにしました。我ながらお気楽です。

 仕事も終わってさっそく彼女の家へ。

 マンションの一室である彼女の部屋はかなりきれいに整頓されていて、乱雑な私の部屋とはものすごい違いです。

 

「じゃ、テレビ周辺だったよね。まずはコンセントを引き出そう」

「コンセントって盗聴器でしょ? カメラは違うんじゃない」

「あ、そうか。カメラになりそうなのって……」

 

 ふと見たテレビの上には十cmくらいのモコモコしたぬいぐるみの熊。何の気なしに手にとってみれば、彼女「あ、きっとそれよ」と叫びました。

 

「これね、かなり昔に元彼がくれたの」

「ええ? じゃあ、その元彼が?」

「きっとそう! だって他人だったら声変える必要ないじゃない。きっとそう、ああもう、タカシの奴 絶対許さない! いくら私の三股で別れたからって!」

「三股かけてたの!?」

「まったくもう! 何よ、こんなもの、こうしてやる!」

 

 そうヒステリックに叫んだ彼女が力任せにぬいぐるみの首を引きちぎった途端、ギャアーッという物凄い叫び声とともに 首をねじ切られたぬいぐるみから大量の血が噴き出したのです。

 

カーテン

 子供って、よくカーテンにくるまりたがりますよね。

 そして今まさに僕の目の前で、兄夫婦に押し付けられるようにして預かった姪っ子が カーテンにくるまって蓑虫のような状態になっている訳なのですが。

 ものすごく正直な話 騒がしい子供がサリドマイドと同程度に嫌いな僕は、いい加減 姪っ子と遊んでやるのにも飽きてきたので、一人で遊んでくれる分にはまったくかまいません。適当に奇声を上げる姪っ子に はいはいと返事をしてやるのみです。

 やる気のない僕に気付いたか、姪っ子はカーテンからくるくると飛び出て僕に体当たりをかましてきました。みぞおちにクリティカルヒットしてうずくまる僕に、姪っ子は容赦なく「なんかおもしろいいことして」と言って来ます。そんな 無茶な。

 しかし姪っ子は僕の袖をつかんで離そうとしません。仕方なく僕はその場に座って話をしてやりました。

 

「あのですね、みくる(仮名)ちゃん。あのカーテンにはくるまっちゃいけないのですよ」

「どうして!」

「どうしてもこうしてもありません。特定条件を満たすと恐ろしいことが起きるので、カーテンにはくるまっちゃあいけないのです」

「どうして? 何があるっていうの」

「それはちょっと、恐ろしすぎて 僕の口からじゃ言えない」

「ぶー。特定条件って何?」

「伊勢の巫女らにこんな話が伝わっております。『霞の深き神社境内の林にて、全身に赤い布を巻き 右に三度 左に三度回ると 諸々の禍々しきもの出てきて侍り』 ……赤い布というのは目立ちますね。霞の立ちこめる中で赤い布を巻くことで、物の怪の目に触れやすくしているのです。また右に左に三度回るというのは、平衡感覚を失うだけでなく この世とあの世をごっちゃにするという意味も含まれます」

「で、カーテンとは何の関係があるの?」

「あのカーテンは赤いでしょう。くるくる回ってくるまれば、全身に赤い布を巻きつけることになります。楽しく遊んでいる内はいいですが、くるまっている内に右と左に三度ずつ回って、しかも最後にぴょんと一回 飛び跳ねたとなれば、開いてしまった異界への扉に入ることになって……」

 

 顔を上げると彼女は既にいなくなっていて、よじれた赤いカーテンが ぶらんと垂れ下がっているきりでした。

 だから駄目だと言ったのに、どうやら彼女 アッチに行ってしまった様子。

 

付喪神:その一

 昨日から 知り合いの雅巳さんの「大変困ったことがあるのだが助けてくれないか」というひどく冷静な電話が二度ほどあったのですが、まあいつものように奥さんと喧嘩でもしたのだろうということで面倒ごとに関わり合いたくない僕は終始無視を決め込んでいたのです。

 そして バイト帰り こうして拉致されて強制的に雅巳さん宅に招かれ 今に至るのですが。

 

「さあもう逃げられんぞ。おとなしく俺の悩みを聞け」

「悩みを聞かせるのになんで後ろから手刀で気絶させた上に両手を手錠で拘束するんですか。さっさと解放してくださいよ」

「まあそこに座れよ。話して聞かせるから」

「座るも何も椅子に縛り付けられて身動きできませんよ この第六天魔王が。一歩間違わなくても犯罪ですよ」

「実はこの所、この家で奇妙なことが起こっているんだ」

「あの、無視しないでいただけますか」

「夜中に俺が起きるとどこからか カタカタ ガタガタ 明らかに家鳴りでない物音が一階の居間から聞こえてきて、まさか奥さんが浮気相手でも連れ込んだのかと愛用の包丁を持って飛び出しても誰もいないんだ」

「浮気だったら刺し違えるつもりだったんですか雅巳さん。ていうか、寝室に包丁があるのですか」

「俺はいつでも本気で生きてる」

「似たようなセリフをどこかで聞いたような」

「まあそれはどうでもいいんだ。で、物音がどこからしたのだろうかと思って色々捜してみても、どこも扉は鍵が閉まってるし窓も開いた形跡もない。住人はといえば俺と奥さんだけだ。気のせいかと思って寝たらまたどこかで物音がして」

「それ 雅巳さんの幻聴じゃなくてですか」

「奥さんに『何かうるさいからちょっと見て来いよ甲斐性なし』って言われて捜したんだ。俺の幻聴や空耳であるはずがない」

「雅巳さん、意外と可哀想ですね……」

「あんまりにもそれが続くもんで、ある夜に俺だけ一階に隠れて見ていたんだ。ドアを開けっぱなしにしておいて階段の処から居間を伺って」

「何があったんですか」

「家具が踊っていた」

「……は?」

「炊飯器や鍋や机が楽しそうにふらふらと空中を漂って」

「雅巳さん、病院に行きませんか」

「それが幻覚でもない。俺が驚いて居間に駆け込んだら、家具が驚いたようにぼとぼとっと落ちた。どうやら俺に見られたから元の家具に戻ったらしい。音で起きた奥さんも一階に来てそれを見てるからな。幻覚じゃねえ」

「へえ」

「人間相手なら警察に突き出せばいいんだが、こうなると頼りはうさんくさい霊能者くらいしかいないし、その前にお前に聞いてみようかと思ったんだ。俺の友人はお前くらいしかいないし」

「友人じゃありません。知人です」

「どうすればいいと思う?」

 

 都合の悪いことは丸っきり無視しつつ椅子に縛り付けている知人に対して言うせりふではないと思いましたが、僕は少し首をひねって考えてみました。

 居間は広いながらも見た所 何やら仕掛けなどあるようには見えません。嘘をつくなら拉致などせずもう少し緊迫感のない嘘にする人ですし、雅巳さんの妄想でないとするなら思いつくのはポルターガイストしかありません。

 しかしポルターガイストとはいっても……

 

「……雅巳さん。あのですね。居間の中に白髪がないか、よく探して見てください」

「白髪? うーん、わかった」

 

 異様な聞き分けの良さでもって雅巳さんは床の上を捜し始めました。どうやら相当困っていたようです。

 しばらくして、あった あっここにも という暢気な声が居間に響き始めました。

 

「すごいな。冷蔵庫とか炊飯器とか、白髪がたくさんあったぜ。ほらほら」

「顔に近づけるのはやめろ。舞い踊っていたのは白髪のあった家具でしょう?」

「ああ、確かにそうだ。白髪って何かあるのか?」

「雅巳さん、付喪神を知ってますか」

「いや」

「古くなった物の妖怪で、百鬼夜行絵巻なんかにも描いてあります。『付喪神』の名前は『九十九髪』から来ていると言われ、九十九髪ってのは白髪のことです」

「ああ。そういや白寿は九十九歳の祝いだったな。百の字から一を引いたら白ってことか」

「そうです。多分、悩んでいる内に抜けた髪の毛に念がこもって、古くなった家具にはさまって妖怪化したんじゃないですか。この家は古いですし」

「へえ。となると不可解だな」

 

 適当に付喪神のせいにして逃れようとしていた僕(いまだに椅子に縛り付けられたまま)は、ちょっとどきっとして息を呑みました。

 

「な、何がですか」

「あの現象が白髪のせいだっていうのはわかったんだが、それなら呪詛がこもってるとかいうこの白髪はどこから来たんだ?」

 

 不思議そうに手に持った白髪の山を見つめる雅巳さんも 奥さんも つやつやの黒髪で、白髪など一本も ない。

 

付喪神:その二

 先日 知り合いの雅巳さん宅に招かれて とても嫌なものを見てしまった僕は、あれ以来 雅巳さんと連絡を取りたくなくて 携帯電話も着信拒否にしてストーカー被害者のように防御していたのですが。

 バイトから疲れて帰ってきて部屋の鍵を開けてみれば玄関に仁王立ちしている雅巳さんとご対面。

 

「ぎゃああああ!」

「うるさい。この間から露骨に避けやがって、さすがの俺でもハートブレイクだぞ? それじゃ、俺の家に行くか」

「何を勝手なことぬかしてるんですか! ていうか! ていうか、不法侵入ですよ雅巳さん! どうやって入ってきたんですか!」

「この間お前を拉致した時に何かの役に立つかと思って合鍵を作っておいた。いいからおとなしくしろ。それ以上騒ぐとお前がバイト先でレジ打ってる所を見計らって包丁片手に『別れようなんてヒドイじゃない! あんなに弄んでアタシを捨てるつもりね! キイイイイ!』って騒いでやる」

「雅巳さんにプライドや羞恥心という概念はないのですか」

「プライドや羞恥心で飯が食えるのか」

「……もういいです。お付き合いしますよこの野郎」

 

 縁切り神社ってなかったっけ と肩を落としながら、二人して雅巳さんの自宅へ向かいます。雅巳さんの自宅ではこの間 家具が空中を舞い踊るという怪奇現象があって どうやら家具にはさまっていた誰の物ともわからない白髪が原因らしいという不気味な結論に達したばかりでした。

 他にも 家の中には雅巳さんの怪しげな研究の成果が至る所に落ちていて、うっかり踏めば足が溶けたり この世の者とは思えぬ断末魔の叫びをあげたりしやがります。ある意味、ボゴタのモルグ街より危険な場所です。

 家が近づくにつれて僕の足取りは否が応にも重くなってゆきますが、雅巳さんは 当然のことながらまったく気にもとめやがりません。ただずんずんと歩いていきます。背中から一突きにしてやりたい衝動を抑えていると、雅巳さんは何故か 自宅前を素通りしていきました。

 

「雅巳さん、自宅に行くのではなかったんですか」

「ああ、用があるのは裏庭なんだ。庭から行くと落とし穴があって危険だから、今は使われてない駐車場から行く」

「落とし穴って、泥棒避けのブービートラップですか」

「うん。竹やりとか仕込んでねえからまあ落ちても死なねえだろうが、深さ五mあるから落ちたらめったなことじゃ出られん」

「最悪だ」

「それじゃあ道中 事情を話すことにしようか。この間、俺の家に来た時に変な白髪が落ちてただろう。あれの原因がわかったんだ」

「ええ? まあ雅巳さんだったら呪われる心当たりなんて星の数ほどあるでしょうが」

「白髪をすべて回収し終わった後で、また見張ってみた。何日かねばってようやくわかった。体長十cmくらいの蜘蛛が、昼間 換気扇の所から出入りしていたんだ」

「蜘蛛?」

「図鑑で調べたがどうしても載っていなくて、インターネットで調べてみたら案外すぐにわかった。学名はカジマランギス。俗称はシラガグモ。徘徊性で、尻から白く細い糸を出し移動する。昔から呪術に用いられていたらしい」

「……ってことは、その蜘蛛が出す糸があの白髪だと?」

「蜘蛛の通った後を調べてみたら、あの時拾った物と同じような長さの白髪が見つかった。ほぼ間違いはない」

「へー……そんな種類があるんですねえ。ああ、そしたら、どうしてそんな蜘蛛が……」

「翌日、外から換気扇の部分を監視してみた。蜘蛛が入って、出て行くのをつけようと思ったんだ。誰かが蜘蛛を使って呪いでもかけてるんじゃねえかと思ったんだが、どうもそうでもないようで」

 

 誰もいない駐車場の、壊れかけたコンクリート塀を乗り越えると雅巳さん宅の裏庭でした。裏庭には名前のわからない色々な木や草がジャングルのように生えています。

 降りようとすると雅巳さんはそれを止めて、台所の換気扇下部分を指しました。草の間から地面が陥没して穴になっているのが見えます。

 

「換気扇から出てきた蜘蛛は、あそこの穴に入っていったんだ」

「へえ。なら、あの穴を埋めてしまえば」

「うん。埋めたい」

「……埋めればいいじゃないですか」

「それがそうもいかない。ただのシラガグモなら呪念のこもった糸が出せる訳ねえだろう。シラガグモは徘徊性だって言ったよな? 徘徊性の蜘蛛は網を張らず、もっぱら歩き回って獲物を探すんだが、シラガグモの主食は虫でなく動物の死肉なんだ」

「……はあ。え、ってことは」

「これ以上白髪を撒き散らされて家具が踊り狂うのも困るが、あんな所に落とし穴を仕掛けたなんてすっかり忘れてたもんなあ。何かが落ちてるにしろ、もう何年経ってるのかもわからねえし。やっぱり埋めるしかねえかな」

 

呪詞

 先日 行方不明になってしまった彼の部屋を片付けたいのだけど と、知り合いの彼女から言われ、まあ同情と一緒にちょっとした下心も抱えつつ、ご一緒したのですが。

 モノスゲェ散らかり具合の部屋を見て一瞬で逃げ出したくなり、それでも彼女に首根っこをつかまれて帰るに帰れず ゴキブリやらカマドウマやらがワサワサ出てくるゴミの山を何とか解体して、ようやく一息つきました。

 茶色の染みがついた壁にもたれて額の汗を拭っていると、彼女がどこからか 大きな姿見を取り出して、手早く紙に包んでいるのです。捨てるのかと聞いてみれば、いや 封印するのと言われて怪訝な顔をしている僕に、彼女は仕方ないなあといった様子で手招きし 鏡の前に座らせました。

 

「鏡の端を見てちょうだい」

 

 そう言って、姿見にかけた紙を 少しだけはがして 彼女が促します。見てみますと、鏡の右端に小さな文字が彫ってあります。

 

 『高天原神留座神魯伎神魯美詔以』

 

「……何か文字が書いてある……けどなんて書いてあるんだか」

「『たかまがはらにかむづまります かむろぎかむろみのみこともちて』って読むの。祝詞奏上の前にたいてい読む、身禊大祓(みそぎのおおはらえ)最初の一節よ」

「み、みそぎの……って、それが封印と何の関係が?」

「決まってるでしょ。不吉だからよ」

「不吉? 祝詞って、めでたいことがあった時とかに唱えるもんだろ」

「そうよ」

「いや、そうよって」

「理屈は簡単よ。鏡に祝詞の最初の一節が書かれているってのはどういうことだか考えてみれば、すぐわかるわ」

「そ、そんなこと言われても……いいじゃんよ ケチくさいな、教えてよ」

 

 彼女はため息をついて、鏡にかけた紙をバリバリとはがし始めます。

 

「鏡に映る世界は私たちとは正反対。表裏で言う所の裏の部分よ。それに祝詞が書かれているってのはつまり、反対の意味になるってこと」

「反対」

「そう。祝詞という意味までが反対になるとすれば、それはつまり 呪いの言葉になる。そして最初の一節は 反対に 最後の一節となる。だからあたしはあいつをここに押し込んで 最後にしてやったんだよ」

 

 後ろから彼女の手が背中を押して 僕の身体は 鏡に 埋 ま り

 

狂気

 ほらこうすれば きみはもう ぼくをうらぎらない

 

妄執

「もし君が僕の愛を受け入れてくれるなら、君を一生守ってあげよう」

「何から?」

「僕から」

 

恋文:その一

 真夜中の、十一時半をまわろうとしていた頃。セブンイレブンで買ったみたらし団子をかじりながら 自分のサイトを更新していると、パソコンのそばに置いていた携帯電話がちゃらちゃらと鳴り始めました。

 あわてて取ってみれば、なにやら大変 浮かれた様子の友達からです。

 

「聞いて 聞いて! あたしね、実は超好きな人からラブレターもらっちゃったんだ! さっき! ついさっき、携帯に! メールで!」

「超好きな人? へえ、そりゃ良かったじゃないか」

「もうね、カレってば超かっこいいの! そんで、背とか超高くって、声も渋くってセンスも良いし、最高なんだマジで!」

「良かったね。更新が忙しいんで切っていい?」

「いい訳ないでしょ! そんでね、そんでね、その もらったラブレターっていうのももうすっごいかっこよくって! 今から朗読したげるからあんたのその貧困なボキャブラリーを心持ち増量させるがいい!」

「どういうノロケ方だよ」

「『よっす! ユミコと会ってもう半年だよな。そろそろ俺ら付き合ってもいいんじゃね?とか思うんだけど、ユミコ的にはどうよ? 最近マジで俺 ユミコのこと気になって、超クサいセリフとか普通に吐けるから(笑) 一生君を守りますみたいな? 今夜お前のハートを奪っちゃうぜみたいな? そんなわけでよろしく!』」

「君には悪いけど、そいつスゲェ頭悪いと思う」

「は!? ざけんな! 彼、IQ一億もあんのよ!」

「やっぱり馬鹿だ」

「フフン。このラブレターの内容を聞いて感動できないあんたってやっぱり感性が腐ってるね。ブルーチーズと納豆とクサヤをミキサーでかけてゴミ捨て場に叩き付けたような腐り具合ね!」

「それはお前の彼氏の方だよ。もういい。ある意味 君らはお似合いだよ」

「そりゃあたしみたいな可愛い子に似合うのはああいう男くらいだしねー。ふふっ、あーん超ハッピーなんだけど! とにかくあたし 今夜は幸せすぎて眠れないから! 『今夜お前のハートを奪っちゃうぜ』とかキザすぎてシビれすぎだから! っていうか、もう今夜に限らずカレにハート奪われっぱなし! 興奮しちゃってさっきからも」

 

 突然 彼女の言葉が途中で途切れ

 そのまま長く続く 無機質な沈黙 呼びかけてみても 返事はなくて

 しばらくすると通話不能の音が流れ始めたので、僕は不可解ながらもそのまま電話を切りました。その時は 電池切れなのかな と、思ったのだけど。

 翌日の夕方になって 僕は 彼女の自宅から 心臓をえぐり取られた彼女の死体が発見されたことを知りました。

 死亡推定時刻は確かに僕と通話していた時間帯だったのだけど、その時に話をしていたはずの彼女の携帯電話 いくら捜しても 見つからないのだそうです。

 

恋文:その二

 彼女と最後に話をしていたのが僕で、しかも通話していたはずの彼女の携帯電話が一向に見つからないものだから、僕は散々警察に疑われた上 取調べから帰る際に「まだ疑惑が晴れた訳じゃないんだからな」と釘を刺されたのでした。

 まったく腹の立つ話です。僕がいくら、彼女が好きな人から「今夜君のハートを奪っちゃうぜ」というアホくさいメールをもらって浮かれ騒いでいたのだと説明しても、誰も信じてくれないのです。

 家に帰ってからも怒りはおさまらず、頼まれていた書類も作る気になれなくて、僕はそのまま万年床にごろんと横になりました。

 溜まった疲れとストレスからすぐにうとうとし始めた僕の耳に、インターホンの甲高い音が鳴り響きました。まばたきしながらあわてて布団から起き上がり、玄関の覗き窓から見てみると 誰も いない。その代わり、郵便受けにA4程のサイズのダンボール箱が放り込まれています。

 厳重に蒔きつけられたガムテープ剥ぎ取って開けてみれば、出てきたのはピンク色の携帯電話。電源は何故か既に入っていて、ディスプレイ右端の電池メーターも満タン。しかも これ、もしかして。

 首を傾げているといきなり携帯電話が震えだし、思わずギャアと叫んで放り投げそうになります。どうやら、着信した模様。

 恐る恐る取ってみると、知らない人からいきなり物凄い声で怒鳴られました。

 

「○×△☆□◎◇!?」

「は、え、え? ど、どちら様ですか?」

「うらうおぅるぇせええぇあァああ」

「え、な、何がですか? ちょっと、どちら様で」

「うるせええええええええええお前がお前がいなければいいんだお前なんかあああああ」

「……は?」

「お前がいなければお前がお前がいなければあいつだって俺の女になるはずだったんだくそったれめ死ね死ね死ね」

「は? ちょっと待て、ってことはお前が彼女を」

「今から殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺」

 

 言葉の途中で電話は切れて、ほとんど同時に ドアの向こうから何かが走りよってくる乱暴な足音が聞こえてきました。

 どうやら 彼女に一方的に思いを寄せていた男が彼女を殺したようです。で、彼女の想い人が僕であると誤解したようです。何て迷惑な。それにしても、このためだけに彼女の携帯電話を奪っていったのでしょうか。もしかしたら、携帯電話のあの「ハートを奪っちゃうぜ」メールを見たから、殺そうと思ったのかなあ。

 金属のドアを激しく叩く音と、よくわからない罵声が響いてきます。近所から苦情が出てしまいそうです。僕はやれやれと首を振って、台所から包丁を 取り出し、舌なめずり。

 いくら勘違いとはいえ 人の獲物を横取りするのは いけませんよねえ。

 僕は彼女の携帯電話から 名前を騙って送ったあのメールを削除すると、鳴り響くドアのノブに手をかけました。

 


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