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お墓参り

 学生時代、私の一番の親友だった由美さんのお墓参りに、主人と一緒に参りました。

 小高い丘の上にあるお墓はとてもながめが良く、高い所好きの彼女も喜んでいることでしょう。

 

「それにしても、由美さんが亡くなるなんてね」

 

 主人が私のとなりで、声をかけてきます。

 

「ようやく就職が決まって、これからだという時に」

「そうね。死にたくなかったでしょうね」

 

 私はうつむき お墓に手を合わせながら 心の中で由美さんに話しかけました。

  ああ、それにしても、私とこの人との仲を邪魔しなければ、あなたはもっと長生きできたのですけど。

 

「人肉で一番美味しいのって、上腕二等筋なんですって」

「うん」

「食べてみていい?」

「今 君を食べ終わったらね」

 

 夏の日。母親の実家に遊びに行った時のこと。

 私は妹と二人で海辺に遊びに行きまして、波打ち際でビーチボールや貝殻拾いに興じていたのですけど、その内眠くなってきたので、岩場の近くの砂浜に身体を埋めて眠ってしまいました。

 しかし私は途中であまりに暑くて起きてしまいまして、あまりに喉が渇いていたものですから、ジュースなど買いに近くの自動販売機まで歩いて行きました。

 私がコーラを買って戻ってきますと、妹が寝ていた所からギャッと声がいたしまして、私はあわてて駆け寄りました。

 多分 岩場から這い出してきたのでしょうけど、私がちょっといなくなった隙に 一面 小さな蟹が びっしりと群がっておりまして それらが妹の目や口や耳などに ゴリゴリと音を立てて食らいついているのです。

 その後、何とか助かった妹が、間もなくして気が違ってしまってから、私は蟹が食べられなくなりました。

 

雨の日に

「こんな、雨の日でした」

 

 彼女は僕を見つめ、おもむろに話し出しました。

 

「私の父、不動産屋をしていました。ある日、父の友人だという人が訪ねてきまして、父にお金を貸してほしいと頼みました。私はその頃とても幼かったものですから、難しいことはよくわかりませんでしたが、父が『お前に何回貸したと思ってるんだ、一度も返しやしないで』というのを聞きました」

 

 彼女は僕に一歩一歩近づいてきました。

 

「雨の日に、その人がまた訪ねてきまして、玄関前に出た父が応対して、私は台所の後ろでそれを見つけ、ああまたあの人がお金を借りに来たのだなと思い、何も言わずにおりました。そして、父が、グゥとうめきながら、刺されるのを、見ました」

 

 彼女は僕の前で立ち止まりました。

 

「ざあざあと降りしきる雨の中で、倒れた父から目をそむけ、走り去っていく男の姿を見ながら、私はただ座り込んでおりました。父の身体からどくどくと赤黒い血が丸く溜まって、流れていくのを見ました。ようやく警察が来た時には、もう遅くて、犯人はとっくに逃げ出してしまっていて」

 

 彼女は僕の顔のすぐそばで、薄く笑いました。

 

「まさかあの時の男が私の婚約者になるなんて思いませんでしたが、あなたは賢かったのです。こんな雨の日は、悲鳴など聞こえませんからねえ」

 

 ざあざあと降りしきる雨の日の部屋、彼女はがんじがらめに縛った僕の首に、細い紐をかけました。

 

自転車

「彼は、いわゆる不良でして、この間 ちょっと同級生を殺しかけて しばらく某少年院にいたのですが、先日 めでたく(かどうかは微妙ですけれど)出所したのでした。

 彼が本屋から出てきますと、駐輪場に一台しかない自転車の周り、なにやら数人の小学生が、ガチャガチャといじくっておりました。

 彼、不良でしたから、小学生たちが何をしているのかすぐにわかってしまって、自転車を盗もうとしている彼らの前につかつかと歩み寄り、「何してんだ」と言いました。

 小学生たちは一瞬ぎょっとなりましたけれど、積極的に鍵をいじっていた一人がしたたかに肩をすくめまして、「いやあ、アイツ、チャリ鍵なくしちゃって」と言いました。

 彼、「貸してみ」と言い、小学生たち押しのけて、両手の中で鍵をいじり、すぐにガチャッとはずしてしまって。

 彼、「うわあ、スゲェ!」「どうやったの?」なんて無邪気に騒ぐ小学生たちに、ニッコリと笑いかけまして、「だってこれ、俺のチャリだもんよ。で、お前らさっき俺のチャリに何してたんだ?」と言いました」

 

 それから先は何が起こったのか恐ろしすぎて言えないと言ってそっぽを向いた彼の後ろに、モノスゲェ形相の怖いおにいさんが

 

河童の池

 昔、河童のミイラなどというものが超常現象番組でやっていた頃に、僕 山中にある「河童の池」なんて所に遊びに行ったことがありました。

 ガイドブックをわざわざ携えて行ったのですが、池なんてどこにもなく、風だけがうめき声のようにオウオウと吹いて、池に着いてもいないのに既に不気味な雰囲気。

 それでもせっかくここまで来たんだからと進んでいき、途中で おや 池の由来についての立て札なんてものを見つけまして、立ち止まって読んでみました。

 

『河童の池

 河童は、一般に池や川などに住む妖怪と言われています。

 しかし、妖怪というものが先人たちの自然現象に対する畏敬の念や、病気や災害などへの恐れに対して作られたイメージであると同様に、河童も現象としては実在のものと言われています。

 昔は、遺伝子という概念がありませんでしたから、奇形の子供が生まれると、それはたたりや因果、もしくは妖怪のしわざと考えられました。

 この池は、ふもとの村の住民らが、生まれてきた奇形児を母親とともに沈めるために用いられていました。

 しかし、やはり罪悪感もあったのでしょう、この池では不吉なことが起こると言われ、村人は「儀式」以外の時にこの池に近づこうとはしませんでした。

 その内、奇形児という当時の理解の範疇を超えた存在と、村人の罪悪感から、この池には河童が住んでいるという伝説が生まれ、不用意に近づけばたたりが起こると言われるに至りました。

 現在、この地方での河童伝説のほとんどは、こうした「間引き」が原因であると考えられ』

 

 ……帰ろう。もう帰ろう。

 僕は立て札を途中まで読んでそう思い、人っ子一人通らない山道を折り返し。

 気がつくと、さっきまで明るかった空がいっぺんに暗くなって、もしかしたら一雨くるかなあ 傘持ってない。

 ふと、僕の耳に届く声 ギャアギャアと泣き喚くような いや、風の音、そうに違いない。

 言い聞かせる僕の耳になお響く泣き声、まるで乱反射するやまびこのように 響いて 響いて 確かに あれは 赤ん坊の声。

 僕は無性に恐ろしくなって、後ろを振り返らずに走り出しました。けれど声はなお大きく 強く まるで僕を追いかけているように響いてきます。

 うわあと叫び、走り続ける僕の目の前 暗くよどんだ池が見えまして おかしい 確かこの道 さっき通って 池なんかないはず でも僕の足 坂道で勢いがついて止まらない

 池に落ちる寸前で 確かに僕は 見た 池の水面に 大小長短さまざま 無数の 手 手 手

 

 まさかこんな漫画みたいなことがあるなんて思わなかったのですけど、夢でなく今僕は閉じ込められておりまして、目の前にはカチカチいうタイマーとダイナマイト、見かけはまさに時限爆弾 いや中身も時限爆弾なのでしょうけれど。

 赤と青のリード線、どちらか切れば爆弾は止まります。よし、赤にしよう、まだ時間はたっぷりあるし。

 ぐっとペンチを握り締め、リード線に手をかけ 汗がひとしずく ぽたりと落ち ……そこで僕のポケット 軽快なメロディが鳴り響き さっきまで圏外だったはずなのに着信アリ。

 これなら助けが呼べるかも、と思ってとってみますと、なんだ、いつものアイツからのメール、しかも今圏外になってしまった ああ忌々しい しかも、このメールときたら

 

「うっわーヤッベーのヤッベーの(;゜□゜)ノ!もうね、マジ失敗しちった(爆)ってカンジで(爆)! もうカノジョ大爆発だよォー どーしよΣ(T▽T;) 」

 

 だなんて あまりにもジャストタイミング 不吉すぎです。

 しかし不覚にも プッと笑ってしまった僕の手が 切る気のなかった青のリード線を ブツリ

 

石を投げて

 真夜中。一時間ほど自転車をこいで、ようやく買えたゲームソフト片手に、意気揚々と帰る途中 僕 池のそばで石を投げてる女の子に会いました。

 

「よんじゅうご、よんじゅうろく、よんじゅうなな」

 

 なにやら数を数えています。様子から察するに、多分 投げた石の数を数えているのでしょう。

 でも、その女の子、こんな夜更けに、池のそばで一人でうずくまって一心不乱に石を投げているものですから、僕、ちょっと心配になってしまいまして。いえ、別に、変な理由で近づいた訳では断じてなく。

 

「きみ」

 

 声をかけると、女の子は可愛らしく僕を見上げました。

 

「何をしているんだい」

「沈めてるの」

「はあ。石を沈めるのもいいけど、もう夜もだいぶ遅いし、早く帰らないとお母さんたちが心配してしまうよ」

「ううん、心配しないの」

「え。ど、どうして?」

「あのね、今、いくつでお母さん沈むか数えてるの」

 

 街灯の明かりが闇に光る、池の真ん中 目を見開いた女の人の首がひとつ こめかみに 女の子の投げた石が当たって ゆらり ぷかり

 

顔の本

 僕の友達の木村君、僕と同じ美大生だったのですけれど、彼のご両親から、彼が失踪してしまったことを聞きました。

 悩みなど金と力で解決するタイプの彼が失踪なんて断じてするはずない、とご両親には強く主張しておいたのですけれど、どうやらもう半年以上も行方がわからないらしく、本気で心配していらっしゃいまして、お気の毒になあと思うしかありませんでした。

 彼のご両親と会ったその日。たまたま立ち寄った古本屋でデッサンの本を探しておりますと、『顔の本』と書かれた本を見つけました。古ぼけてはいたのですけれど、その分 安かったので すぐに購入いたしました。

 家に帰り、電球をつけ、読んでみますと 確かにこれは顔の本 オールカラーでテカテカしたページ一枚一枚に、年齢・性別・美醜問わず、色々な人の顔が延々と載っています うわ、名前まで。

 それだけの内容なのですけど、なんだか面白くて、読みふけっている内にいつの間にか夜になり、眠くなり始めたところでようやく最後のページに行き着き おや 何だ これ 失踪した木村君の顔がそこに載っていて 彼、いつの間にモデルなんかしたんだろう。と思った僕の顔を、本から出てきた腕がつかみ ずるりと本の中に引き込むと、僕を最後の1ページに加えました。

 

犬語翻訳機

 中古で安かった犬語翻訳機携え、意気揚々と帰宅した僕 さっそく我が家のシロに使ってみることにいたします。

 

「シロ、おいでおいで」

「ワン! ワンワン!」

 

『訳:殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』

 

 シロを見ると、シロは僕を見上げてぺろり 舌を出しました。

 

 


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