ミズキさんの話

 

 

 最近 平日の昼間に公園でよく会うミズキさんという人と仲良くなりました。何故 平日の昼間に公園などにいるのかという点は置いといて ですよ。ミズキさんはいつも 目深にかぶった苔色の鳥打帽 口元を隠すほど幅の広い襟巻き 鼠色の外套を羽織って うつむきがちに低い声でボソボソ話すものだから、実のところ 老若男女の別もつかないのですが、なかなかに興味深い話を聞かせてくれるのです。

 先日もミズキさんと会ったのですが、いつもは持っていない大変分厚い本を抱えてジッとベンチに座って 非常に声をかけづらい雰囲気を作り出していました。それでも3mほど距離をとって「おはようございます」と挨拶してみると 何かボソボソとつぶやきながらうなずかれたので 隣に座り耳を澄まし 尋ねてみたのです。

 

「ミズキさん、その本は一体」

「みっくみくにしてやんよ」

「……は?」

「ちょっと今時の言葉をつかってみたかったデスよ。みっくみくにしてやんよ」

「脳みそが蒸発したのかと思いました。それで、その本は一体」

「キミがこういうモノをすきなんじゃあないかなあ と思って 家から持ってきたデスよ。残念ながら日本語で書かれてはイナイのデスが、ちと興味深い話も多いものデスから、キミのとなりで朗読でもしようかと。みっくみくにしてやんよ」

「ミズキさんそれ気に入ったんですか」

「うん」

 

 

 

ミズキさんの話 その1  のっぺらぼう

 

 本に額を向けたうつむきがちのミズキさんが「『寒に怪談なぞ まこと酔狂だねエ』」と前置きしてから 語りだした話。

 

「『本町の大工に茂平ってェのがおりんす。その茂平がネ、親爺さんから聞いたという話よ。

昔、飛びぬけて腕のいい大工がいてね。江戸中の仕事は そいつがかっさらっちまうってエ言われるほどだった。ねたみそねみも受けちゃいたが、芯から豪気で とかく図太い男でね。己を褒めない輩はみな女の腐ったようなひがみ者だと吹聴し、同業の者を省みなかったのさ。

ある夜 そいつがたまたま居酒屋で酒を飲んでいると 俺ァ何が恐ろしいかって物の怪ほど恐ろしい物ァない なんていう同業の声を聞いちまってね。それで男たァ恐れ入る 俺は物の怪などちいとも怖かァない、よせばいいのにつっかかって 大喧嘩をしちまった。

いらぬ揉め事を起こした帰り道、いつの間にやら日はとっぷり暮れて 辺りは鼻先も見えぬ真っ暗闇。けれどもお月さんだけはきれいに光っていたものだから、そいつァ大して気にも留めず 手前の家に帰ろうと、ぺったらぺったら 川沿いを歩いていんした。

居酒屋を出てしばらく。橋を渡ろうとしんしたら 後ろから、もうしもうし 声をかけてくる者がありんす。振り向いてみると 蒼白い月の光に照らされた別嬪が、こねえな夜更けに 笠を被って立っていんす。

一目でそれとわかる妖しげな風体でも、酒の席で大言を吐いてしまった手前 怯えるわけにゃアまいりんせん。大工は肝を据えて女に近づき どうかしたかと声をかけんす。すると女が、お前様は大層豪胆なようだ その顔を間近に見たい、と妙なことを申し出る。これを断っては名折れとばかりに 大工は女に近づいていく。

すると女は 被っていた笠をおもむろに持ち上げる。その笠の下を見れば、なんと目も鼻も口もないのっぺらぼう。大工はぎょっとしたけども すぐに持ち前の気の荒さで女を思いきり蹴っ飛ばしゃんした。女は悲鳴も上げずに橋から転げ落ち 大工はそれを見届けると橋から離れて ぺったらぺったら 元の通りに家路を辿りんす。

驚いて腹ァ減っちまった なんて独り語ちていると 夜鳴き蕎麦屋の灯りが見える。これ幸いと蕎麦屋に近づくと、亭主はうずくまってなにやら準備の最中の様子。ただ待っているのもつまらないから、これ親爺 先程おれは化け物にあったぞ、と意気揚々 口にする。そしたら蕎麦屋の親爺はすっくと立ち上がり、そらァ難儀なこと サテその化け物とはこんな面だったかのう、振り向けば親爺の顔は先程の女と同じように 目も鼻も口もないのっぺらぼう。大工は思わず悲鳴をあげかけるもグッとこらえて、女にしたのと同じように親爺を蹴っ飛ばすと、親爺は物も言わずにもんどりうって 蕎麦屋の屋台ごと消えてしまいんした。

なに 物の怪といえども大したこたァない 蹴っ飛ばせば消えてしまう程度のものではないか。目鼻がないだけで何故恐ろしいものか。そんなことを口に出すと まったくそのように思われて、夜道を歩く足も踊り、サテ明日はあの怖がりの同業をどのようにとっちめてくれようか などと考えていんした。

ぺったらぺったら 歩いて歩いて ようやく家に帰ったのは夜八ツ。草履を脱ぎつつおかみさんを呼べど いつもならすぐに返る返事が来なんせん。不思議に思って床の間へ行くと、何故か布団には丸太が一本寝そべっていんす。

ははあ 妖怪めが腹いせに置いていったな。よしんばこれが物の怪であっても、もう二度と人を化かすことなど出来ぬようにしてくれよう。大工はそう考え 丸太をひょいと背負い込むと家の庭に置き出し 道具を揃え 大声で叫ぶには、大工に丸太とは望外の贈り物 有り難く使わせてもらおう、と 目に見えぬ物の怪に告げるが早いか、丸太に足をかけ 一心不乱にカンナをかけ始めんす。

大工が仕事に打ち込んでいると いつの間にやら空は白み始め、家人起き出し庭に出てくれば ぎゃっと叫んでその場にくずおれる。大工はカンナを操る手を止めて いってェどうしたことだと声をかけんした。家人は己を指差したまま何もこたえず、大工が怪訝に手元を見れば 両手両足 おびただしい血で真っ赤に染まっている。

大工が足に踏んでいた丸太は いつのまにかおかみさんに変わっていて 一晩中カンナをかけた顔は グズグズ ザリザリに剥がれ落ち 目も 鼻も 口も 残っておりんせんかったとサ』」

 

 

 

ミズキさんの話 その2  天狗の礫

 

 本に額を向けたうつむきがちのミズキさんが「『あの事件があった直後に鉱山が閉山したので、よく覚えています』」と前置きしてから 語りだした話。

 

「『確か帝国憲法発布のすぐ後だったので 明治の半ばだったように思います。

その村には、昔から奇妙な言い伝えがありました。そこには難所として名高い山道があるのですが、夜の間は天狗が出るから決して通ってはならない もしも天狗に見入られてしまったら、無事に村へ帰ってきたとしても 毎夜毎夜 戸や壁に石の礫(つぶて)が当たる音を聞かされる と言われておりました。

時代は折しも文明開化に沸く明治であります。その村はたいへんな田舎でしたが、何の因果か近くの山に鉄鋼が出まして 出稼ぎ人足が鉱山に群がり始め、村はいっぺんに様変わりしたのです。

天狗の言い伝えを頑なに守っていたその村にも、西洋かぶれの学者らに当世流行の合理精神を植えつけられ 迷信など尻を拭く紙ほども頓着しない若者が出てくるようになりました。

ある時 鉱山から出た鉄鋼を運ぶため その山道を切り崩して道路にしてしまおうという計画が立ち上がりました。険しい山道ですから土地勘のある者でなければ不都合だろうということで、きちんと教育を受けた地元の若者数名が 下見と測量のためその道へ入ったのです。

その晩のこと。

戸を叩く音で目を覚ました家人が出迎えてみれば、土色の顔をした若者であります。こんな時間まで何をしていた 他の者はどうした 何を聞いても彼は一言も答えず、帰ってくるなり布団を引っかぶってがたがたと震えるばかり。家からは一歩も出ようとしません。

翌朝になっても 山道に入っていった中で帰って来たのは唯一この狂人のみ。彼には他の者にはわからぬ音が聞こえるようで 戸や壁に跳ねる礫を何とかしてくれと終日訴え、困り果てた家人は近所の住職に護摩を頼んだのであります。

祈祷の当日。家から出まいとして暴れる狂人を殴る蹴るして縛り上げ、屈強な男数人がかりで押さえつけました。住職が魔障を除くための調伏の儀に取り掛かろうとしたその瞬間 狂人は絶叫と共に周りの男衆を跳ね飛ばし 住職諸共 護摩の燃え盛る炎の中へ突っ込んだのです。

傍で見ていた村人が水を掛けた故に住職は何とか助かりましたが、狂人は息絶えておりました。

不思議なことに、その狂人の体には 少しの火傷の痕も発見出来ませんでした。そのため村人は、護摩の前なのにどうしてこの狂人が死んだのかわかりませんでした。

しかし 村人が狂人の死体を片付けようと数人がかりで持ち上げた際 誤って道に転がしてしまいまして。あっと思ったその刹那、 狂人の耳から 小豆袋の尻を裂いた時のように 大量の石礫が 音を立てて流れ出てきたそうです』」

 

 

 

 

ミズキさんの話 その3  猫のこと

 

 最近 平日の昼間に公園でよく会うミズキさんという人と仲良くなりました。何故 平日の昼間に公園などにいるのかという点は置いといて ですよ。 ミズキさんはいつも 目深にかぶった苔色の鳥打帽 口元を隠すほど幅の広い襟巻き 鼠色の外套を羽織って うつむきがちに低い声でボソボソ話すものだか ら、実のところ 老若男女の別もつかないのですが、なかなかに興味深い話を聞かせてくれるのです。

 

「ところで ミズキさん本人は、何か不思議な体験をしたことはないのですか」

「あると言えばありマスが、陰惨な話は 数えるホドしかナイデス」

「数えるほどもあったらすごいと思います。あんまり陰惨でない話を聞かせてください」

「構いマセンよ。オチらしいオチもナイので気が引けマスが、お耳汚しィ失礼シマス」

 

 なにやらご丁寧に礼してから、ミズキさんが語り始めた話。

 

 

「十五年ホド 前の話デス。

当時は野良猫も野良犬も掃いて捨てるホドうろついていたデスが、私はあいにくと動物が非常に嫌いデシタ。というのも、何故か私 動物に嫌われる性質 らしく どんなに友好的な態度を取ろうと、素知らぬ顔で通り過ぎようと、必ず 吼えられたり 威嚇されたり オゾマシイ鳴き声をあげられたり 三度に一度 の割合で襲い掛かられたり、ソレはソレは大変だったのデス。

その日 存外に帰宅が遅くなったモノで、いつもは通らない 近道の川沿いの土手を 息せききって走っておりマシタ。

そうしたら 夜風のうなる声に混じって ドコからか か細い声が聞こえるのデス。

暗い中で目を凝らし 土手の下を見てみると、くだんの声は 打ち流されてきた汚いダンボール箱から聞こえてくるようデシタ。好奇心に駆られて土手を降り 腐ったダンボールのフタを開けてみれば、出てきたのは生まれて間もない白の仔猫が五匹。いずれもグッタリしておりマス。

動物は嫌いデスが、捨て置いてうらまれるのはイヤデス。ドブのニオイのするダンボールを抱え上げ、その足で家に帰りマシタ。

結局、五匹の内の四匹は間もなく死んでしまったデスが、一匹だけ 一際小さい仔猫が残りマシタ。ミルクを飲まそうにも ギャーギャーとわめいては幼い爪を立て牙を剥くモノだから ホトホト世話が焼けたデスよ。

けれどもその仔猫 名前も付けない内に ドコへかと消えてしまいマシタ。ある日帰ってきたら既にいなかったデス。窓ガラスが開いていて、ソコから外へ出て行ったのだと思われマシタ。

元々ヤツとは不仲ではありマシタから残念にも心配にも思わず、私 ソレっきり 猫のコトを忘れてしまいマシタ。

思い出したのは おととしのコトデス。

正確な時期は忘れてしまいマシタが、深夜デス。布団に入った寝入りばな ドコからか 物音がするのデス。

始めは気にも留めていなかったデスが 徐々に音は近づいてきて 周りの床が軋むのデス。

さすがにオカシイと思い うっすらと目をあけたトコロ

いつの間に ドコから入ってきたのか 布団の周りに オビタダシイ数の 猫 猫 猫  部屋中を埋め尽くすホドの数の猫がみな揃って まるで置物のように息を殺し 布団の中の私をジッと静かに見下ろしているのデス。

思わず目を瞑りマシタが、猫には私が起きているコトなどわかっているデショウ。生きた心地もせず、ともかくムリヤリ眠ってしまおうと自己催眠をか け、ソレでも一睡も出来ずに朝日が差し始めたのを瞼の奥の目に感じマシテ、おそるおそる目を開けると ソコにはただの一匹も猫などおりマセン。床にも布団 にも猫の毛はついておらず、足跡もありマセン」 

 

 ミズキさんはそこで言葉を切り、少し首を傾けて なにやら考え込みました。

 

「……ただ アレ以来 二つだけ、変わったコトがありマス。

一つは、一日に一度 必ずどこかに 白い猫の姿を見かけるのデス。人込みの雑踏 電車の中 洋服屋の試着室 ゲームセンターのベンチ おおよそ猫の いない場所であっても、必ず一度 こちらをジッと見ている白い猫の姿を見かけるようになりマシタ。近寄ろうとするとぷいっとドコへか駆け去って、ソレきり 見ないのデスよ。

もう一つは、野良猫が私を避けるようになったコトデス。以前ならば威嚇したり襲い掛かったりしてきた猫たちが、みな揃って私を遠巻きにジッと見つめるだけなのデス。まるで私の隣に いつでも 百戦錬磨の恐ろしいボス猫が付き従っているかのように」

 

 

 

 

ミズキさんの話 その4  呪いの骨

 

 最近 平日の昼間に公園でよく会うミズキさんという人と仲良くなりました。何故 平日の昼間に公園などにいるのかという点は置いといて ですよ。ミズキさんはいつも 目深にかぶった苔色の鳥打帽 口元を隠すほど幅の広い襟巻き 鼠色の外套を羽織って うつむきがちに低い声でボソボソ話すものだから、実のところ 老若男女の別もつかないのですが、なかなかに興味深い話を聞かせてくれるのです。

 今日はミズキさん どうやら機嫌がよろしいようで、僕を見つけるなり ベンチに座ったまま手招いて隣へと促しました。僕が隣に腰掛けると、ミズキさんがいつものボソボソ声で話し始めます。

 

「犬神 というのをご存知デスか」

「ああ、使い魔とか式神の一種ですよね。陰陽師や巫女が使役するという」

「その通り。では、その作り方はご存知デスか」

「いえ、そこまでは……」

「犬神は、非常に強力な呪いを掛ける時に使われマス。そのために、モノスゴイ恨みを抱いて死んだ犬の魂を使うのデスよ。犬を首マデ土に埋め、飢えさせマス。そしてその鼻先に飯を持った茶碗や水を入れた器を置きマス。当然、犬は何とかしてソレを食べよう 飲もうとしマスね、けれど首まで土に埋められソレは叶いマセン。やがて犬は、この世に生まれたコトを嘆き 恨み 憎み 飢えて死にマス。そして犬の首を断ち切って、犬神の完成デス」

「そりゃ また すさまじいことをするものですね」

「ハイ。中国では猫を使役するコトが多いデスが、日本では犬神が多いデス。サテ、アナタはどうして呪いに犬を用いるのか、おわかりになりマスか」

「えええ……猫は益獣ですし、ネズミは小さすぎて弱そうだし、ヘビはどうやって恨みを持たせるのかわからないし、手近なところで犬なんじゃないですか」

「そういった理由もありマスが、もっと身近なモノはありマスでしょう」

「何ですか?」

「ヒト 人間 デス」

「…………」

「デモ ヒトを使役するのはあまりに危険なのデスよ。犬より賢く、恨みも深い。下手をすると、使役する者すら呪いかねないデス。けれども、時と場合によってはヒトを使役するコトもあったようデス」

「時と場合によっては?」

「今カラお話しするのは 私が以前 とある被差別部落出身のヒトに伝承として聞いた話デス。

その部落は大きな川が近くを流れており、里から部落まで堤防が築かれていたデスが 部落の堤防は低く造られていて、よしんば洪水ナド起これば部落へ水が流れていくおかげで里の堤防は決壊せず、代わりに部落は壊滅状態。そんな立地デシタ。

部落は貧しく、里の者に蔑まれ忌み嫌われながら汚れ仕事をして生計をたてていたデスが、部落の娘が里の者に手篭めにされたり 家に火を投げ入れられたり 井戸という井戸に肥を落とされたり 長年に渡ってソレはソレは凄まじい差別を受けていたデスよ。

ある時、ひとりの尼僧がボロボロになって 里カラ部落へやって来マシタ。部落への差別を見るだに 里の者とよそ者の尼僧の間に何があったかだいたい察しはつくデショウが、尼僧は部落の者に迎えられるなりバタリと倒れ 三日三晩寝込んだのちに意識を取り戻しマシタ。そして尼僧は怒りに燃えたぎるまま 里の者へ呪いを掛けることを提案したのデシタ。

尼僧が教えた呪いの掛け方はそら恐ろしいものデシタが、部落の衆は協議の末にソレを受け入れ 尼僧の言うがままに 三つになる女の子を預けマシタ。

具体的な呪いの方法は、割愛しておきマショウ。呪いの儀式は何日か続き、最後の晩 部落の長の家に戻ってきた尼僧は この世のモノとは思えないほど苦悶に歪んだ女の子の首を渡し『ひと月の間 首を四つ辻の中心に埋めてから掘り出し、祠を造って大切に祀るように。里の者が何を言っても奴等が滅びるまで決して許さず 満願成就のあかつきにも祠を引き続き祀るように』と言い残して死にマシタ。尼僧もまた呪いを受けたのデショウか、ソレともソレだけ凄まじい荒行だったのデショウか、何もかも定かではありマセンが 女の子の首は尼僧の指示通りにされマシタ。

すっかり骨になった首が祠に祀られると同時に、里に様々な災厄が訪れるようになりマシタ。堤防が決壊したり 日照りで田が干上がったり 村の者がひとりふたりと苦しさのあまりわめき叫びながら死んでいったり わけのわからないコトが続くのデス。里の長はコレを部落の呪いと察して何度も交渉しマシタが、どんなによい条件を出しても部落の者は頑なに許さず とうとう里は絶え果ててしまいマシタ。

……ところで、アナタは鬼というのをご存知デスよネ」

「急に話が飛びましたね……もちろん知っています。頭に角の生えた妖怪でしょう。単に不吉なものや、死後の魂を指す場合もあるようですが」

「エエ、そうデス。では、部落の者たちは、何故どんなによい条件を出されても決して里の者を許さなかったか おわかりデスか」

「それだけ恨みが深かったんでしょう」

「そう、ソレもありマス。しかしソレだけではナイのデス。部落の者たちは、実際に里が呪われていることを目に見て知っていたのデス。里の者を許して己等もまた呪われるコトを恐れたのデス。何故ならば、祠に祀った小さな頭蓋骨 元は可愛らしかった女の子の頭蓋骨 里で異変があるたび、少しずつ 少しずつ 変化していきマシタ。つるりとした頭からは二本の角が 口からは上下の八重歯が どんどんどんどん伸びていって、まるで 鬼が牙を剥いて笑っているかのような形相となっていたデスよ。死後鬼にされた少女の頭蓋骨がソレからどうなったか、私は知りマセンが……今もどこかで骨は祀られているのデショウ。里の者を根絶やしにした、呪いの鬼の骨は」

 

 

 

ミズキさんの話 その5  人面瘡

 

 最近 平日の昼間に公園でよく会うミズキさんという人と仲良くなりました。何故 平日の昼間に公園などにいるのかという点は置いといて ですよ。ミズキさんはいつも 目深にかぶった苔色の鳥打帽 口元を隠すほど幅の広い襟巻き 鼠色の外套を羽織って うつむきがちに低い声でボソボソ話すものだから、実のところ 老若男女の別もつかないのですが、なかなかに興味深い話を聞かせてくれるのです。

 今日はミズキさん 珍しく外套の袖から手を出してるなあ なんて思っていたら、その手は包帯で巻かれています。僕はびっくりしてわけを尋ねましたが、ミズキさんはいつもの調子です。

 

「以前、キミに鬼の骨の話をしマシタネ。その部落に、先日 ちょっとお世話になるコトがありまして その後親切にして頂いたお礼に菓子折りを持参したのデスが、どうも妙な雰囲気でして。私に 早く帰ってほしがっているのがわかるのデスよ。少し傷付いておりマスと、その部落の一人が こっそり私に教えてくれたのデス。

彼が言うには、最近やって来た正体の知れない男がどうしても鬼の骨を持ち帰りたいと無茶を言い 部落の者たちから門前払いをくわされたらしいのデスが、その時に 獣の鳴き声のような よくわからナイ言葉を叫んだのだそうデス。

ソレ以来、部落内で奇妙な病にかかる者が出てきマシタ。一晩寝ると、顔が別人のような 腫れてただれたような 恐ろしい形相となり、とにかくあらん限りの声を振り絞って『鬼の骨はどこだ、鬼の骨はどこだ』とわめき いつでもどこでもおかまいなしの騒音で 止めようものなら噛みついて 突然発狂したような状態になるのデス。すると今度は噛まれた者の中カラ一人、同じような症状が出マス。その代わり、発狂したかと思われた者は元の顔になり我を取り戻すのデスよ。

医者を呼ぼうにも患者が次々変わるので、ほとほと困り果てて 今の患者は蔵に閉じ込めてあるとのコト。ソレを聞いて、どうやら呪術の心得ある者が 鬼の骨欲しさに呪いをかけたようだと私は思いマシタ。私は部落の長に頼んで蔵にいる患者に会わせて貰い、結果 人面瘡の呪いとわかりマシタ」

「人面瘡って、腕や腹に人の顔が浮き出るっていう あれですか」

「ハイ。しかしこの人面瘡は、顔に出来るものなのデスよ。だから、顔以外を操れナイのデス。噛みつくのはそのせいで、噛みつくコトによって呪いを伝搬させマス。この人面瘡には呪術者本人の魂が少しばかり含まれており、鬼の話を知っていそうな相手に噛みついたりと 少なからず遠隔操作出来マス。そうして最終的に鬼の骨の在処が分かれば呪術者にソレが伝わるという寸法。稚拙な手口デスが、まったく迷惑この上ナイ」

 

 やれやれといった様子で頭を振りながら、ミズキさんは手の包帯を解き始めました。

 

「そこで私は、その人面瘡を持って帰るコトにしたのデスよ。患者は喜んで私に噛みついてきマシタ。手口も思考も稚拙デスね。……ああ キミにも言っておきたいのデスが、興味本位で呪いナド学ぶモノではありマセンよ。いつか手痛いしっぺ返しをくわされマス。こんな風に」

 

 包帯から現れたミズキさんの人差し指の腹、腫れてただれて苦悶の形相を浮かべているようで 口がうねって何か毒づいているようにも見えて、僕が何か言う前に ミズキさんはベンチの手すりへ人差し指をブチュリと押し付けました。

 

 

 

 

ミズキさんの話 その6  呪いの絵

 

 いつも人の少ない 地元の美術館。このたび戦後七十周年を記念して 戦争画の展覧会が催されているとのことで、初日 行くあてない者同士のミズキさんと一緒に参ります。

 相変わらず閑散とした佇まい。受付で入場料を支払うと、入り口に展覧会要旨のパネルが飾られていました。僕もミズキさんも 同じような歩調で 同じような鑑賞時間で 途中行き交う人も少なく ずっと進んでいたのですけれど、とある横長の絵の前で ぴたり 足を止め ミズキさんが動きません。

 ミズキさんが見ているらしい(というのも、ミズキさんの被っている帽子の影がいやに濃くて、表情がわからないのです)絵は、従軍した名も知れぬ画学生の絵でした。軍服を着た兵士たちが、勇ましく行進しているのを少し下からの目線で描いています。しかしながら、僕としては ミズキさんがそれほど熱烈に見るような絵ではないと思えます。

 

「ミズキさん、この絵がどうかしたのですか」

「ウン 何と言いマスか コレは焼いた方がイイのではナイんデショウか」

「すげえことを言いましたね」

「ココが 人のあまりイナイ美術館なのはまだ幸いなのデスがネ。……ウン 私には関係ナイので、次に行きましょうか」

「ええー。な、何か因縁のある絵なんですか。ベクシンスキーですか。リチャード・ダッドですか。エルンストですか」

「エルンストは別に呪われてナイと思いマスが……あらゆる人間の創造物には 作った者の念が入りマス。大量生産の時代が来て、職人が失われていきマスと それまで年月を経ればツクモガミと呼ばれ聖性を得た道具たちも ただの道具になってしまいマシタデショウ。念の込められた道具は、既に一般人が安易に手に取れる価格ではありマセン。

ただ、芸術の分野は今も職人たちによって息づいていマス。そういった、唯一無二のモノには 大なり小なり 念がこもるモノでありマスよ。人形はソレだけで憑り代となるので除きマスが、代表的なのは絵画や彫刻デショウ。特に呪いとも言え得るホド情念を込めて描かれた作品には、ソレだけ強い念が付着しマス」

「ははあ。ちょくちょく、音楽室のヴェートーヴェンの絵が睨む 程度の話は聞きますが、有名な呪いの絵というと『泣く少年の絵』とか……」

「アレは防火コートした大量生産品が安価で出回って、火事の後 燃え残っているので噂になっただけデスよ。もっとも、本物であってもある種の聖性とは人の視線に晒されるだけで失われていくモノなのデス。何十年かに一度公開される秘仏なんてのも 似たようなモノデスね。本当に怖いモノは、寺社の倉にある絵巻物や掛け軸といった 誰からも忘れ去られ 聖性をため込んだ モノ」

「はあ……でも、それだけため込んだものならご利益がてきめんなのでは」

「聖性という言葉は、良い意味ではありマセンよ。因縁 いわくつき 魔性 そんな言葉にも言い換えられマスね。そういう品々が、この美術展で晒されている訳デス」

「えっ。じゃあ、ここにあるのは全部呪いの絵なんですか!?」

「人に危害を与えるかドウかは別として、デスが。ここにあるのは全て 戦意を高揚させるため描かれたモノばかりデスカラ、まァ 因縁には事欠かナイデショウ。 中には描いた本人が従軍して亡くなる もしくは…… …… ……」

 

 回廊のようになった廊下を歩いていると、ミズキさんはぴたりと足を止め 先程見ていた横長の絵の方を向きます。その視線を迂回するようにして僕が見たその絵 まったく変わっていて 凍り付いた僕の隣でミズキさんが呟きます。

 

「……アレが見えるキミは、今日 私と一緒にいて良かったデスね。ソレにしても アレが他の鑑賞者に 害を成さないよう願うばかりデス」

 

 兵隊が行進していたはずの絵は いつの間にか 真ん中の兵士一人になっていて、銃剣を構える爛々とした瞳が 数m離れたここからも ハッキリとわかるのです。

 

 

 

 

 

ミズキさんの話 その7  トコヤミノシルマシ

 

 僕の知人 公園でよく会い ベンチに座り とりとめのない話を語っていたミズキさんですが、ここのところあまり見掛けません。どうしたんだろうと思っていたら、ある日 いつものベンチ ちょこんとミズキさんが座っております。

 

「み ミズキさん!? しばらくぶりですね、どうしていたんですか」

「やあ ドウモ 何だかご心配をお掛けしてシマッタようでスミマセン」

「息災であれば構わないのですが、旅にでも出ていたのですか」

「ハイ ちょっとした探し物がありマシテ、北は樺太 南は沖ノ鳥島マデ 行って参りマシタ」

「それは ちょっとした探し物ではないと思います」

「トコヤミノシルマシ というモノを探しておりマシタ」

「トコヤミノシルマシ?」

「ハイ」

「……で で み 見つかったのですか?」

「ハイ」

「今も持っているのですか?」

「持ってイルというか、持ってイナイというか」

「どっちなんですか」

「イエ ナニ とある座興の場で 絶対に断ってはいけないお願い二十四時という罰ゲームを課されたのが 運の尽きで」

「どこかで聞き覚えのあるような罰ゲームですが、何をお願いされたのですか」

「二十四時間以内に、管原道真並の怨霊を背負ってシマッタ方を除霊するコトに アア 駄目デスヨ その部分には突っ込んではいけマセン。で 私 その方を一目見て、コレはもう トコヤミノシルマシに頼るしかナイと思い 苦労に苦労を重ね 制限時間ギリギリで怨霊退治完了 無事ラストの替え歌ソングへ移行と相成ったのデスヨ」

「ミズキさん とりあえずガキ使から離れましょう。しかし天神様並に強力な怨霊を退治するだなんて その トコヤミノシルマシ?ってのは どんなものなんですか」

「とこやみのしるまし を 漢字に直しマスと、『常闇の印』。簡単に言えば、冥府への道標というコトになりマス。怨霊を強制的に冥府へ送還 二度とお天道様を見られナイようにするための 非常に強力な瘴気に満ちた界…… ……」

「ん ミズキさん? み ミズキさん?」

「……うーん、アレは いくらキミであっても 言いたくナイ。キミが もし ドコかで何かのはずみでぽろっと喋ってシマッタら、私は責任が取れナイデス」

「そ そうですか。いえ、言いたくないならいいんです。ミズキさんが無事であったなら」

「少なからず無事ではなかったデスがネ。ウッカリ罰ゲームを引き受けた私が悪いのデスが、アレは余りにも畏れ多きモノ過ぎて 罰ゲームのためというのは伏せて 何とか 分けて貰いはしたものの」

「分けて?」

 

 うんと頷くミズキさん ひょいと外套の袖から片手を見せて いや たぶん これ 片手 なんだろうけど、ヒトの手の形に ミッシリと大小 眼球が ぎゅうぎゅう詰め

 角膜を売ったら金にならないか とか 言ってる場合じゃないですよ ミズキさん ちょっと ミズキさん。

 


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