雨の煙る夜 あのこを見れば 問はず語りに 背を向けて

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言葉飾り

夜宵さまと僕

ミズキさんの話

 

 

うりざね顔で夜会巻き

 

 ……あら あなた信州にお詳しいの。ええ ええ 飯田の常盤町。わたしは三河屋という置屋で、芸者をしていたのです。

 あの頃の飯田はどこもかしこも羽振りが良くって わたしも結構な売れっ子でしたの。源氏名は静香と名乗っておりました。なつかしい。そうですね なにせ花柳界ですもの。ちょっと変わった思い出がございますわ。

 明治の頃でしたかしら。大きな見世のお女郎が、妻子持ちの男と心中をしたのです。それはそれは騒ぎになって ふたりのむくろは別々のお寺さんに葬られたのですが、女の方がゆうれいになって男の墓に通うっていう噂がたったものですから、一緒に埋葬されたんですって。

 わたし 男が考えそうなお話ねえって思いましたわ。だって、死ぬほど思いつめていたなら 男と女が待ち合わせるお話になるじゃありませんか。

 聞いたのは、芸者置屋で長いこと三味線を教えていらしたおばあさんからですわ。なんの拍子でそんな怪談をしたのかしらね。でもわたし、ゆうれいなんてうそだわって 女のゆうれいなら男に恨みごとを言いに行くはずよって申しましたのよ。

 おばあさんは わたしが生意気な口をきいても嫌な顔ひとつなさいませんでした。そうだね きっとその通りだね 今じゃあ本当に心中だったかどうかだってわかりやしないんだもの、なんて怖いことをおっしゃるものだから、いやだわ そんな話もうおやめになって、って わたし それで終わりにしたんです。

 後から考えてみますと、もしかしたら おばあさんはわたしに打ち明けるつもりだったのかもしれません。おばあさんはそれから数日でお亡くなりになったので、確かなことは申し上げられませんけれどね。

 ……おわかりにならない? いやだわ、もう。ちゃんとよくお考えになって。現れるのは女のゆうれいで、男の元に通いますのよ。恨みごとを言うために。

 お女郎が本当に男に惚れて心中したなら、恨みなんてないはずでしょう。

 そう考えたら、男の妻以外に恨みごとを言うはずないじゃありませんか。自分と子を置いて 他の女に走って 挙げ句に心中したんですもの。そうですわね、お女郎が自分の墓から男の墓へ通うことになっているのですから、お女郎の墓に呪詛を吐きつけてから 男の墓に恨みつらみを聞かせに行ったのかもしれません。

 あら まんざらわたしの夢想妄想というわけじゃありませんわよ。おばあさんの亡くなった後、故人の前夫がお女郎と情死したという噂話 せきを切ったように出回りましたもの。

 だからねえ わたし ちょっと他人事じゃないんです。男なんて いつ誰に持っていかれるかわかりません。横濱から常盤町、中村、飛田、篠山、日本全国を転々といたしましたけれど 結局男は浮気者です。

 ねえ だからわたし あのひとをわたしだけのものにしたくてたまらなかったんです。ほんとは頭か体がほしかったんですけれど、女のわたしじゃ重たくって持ち歩けませんから……悪いことだとは思っていました。あなたがいらした時、そうですよ わたしが阿部定です、そう言って抵抗もしませんでしたでしょ。そろそろ わたしがあのひとの陰茎と睾丸を切り落とした理由 ご納得していただけません?

 ……まあ、まだわかっていただけないの。そしたらあなたとわたし 一生わかり合えませんわねえ……

(2019/08/24)

 

 

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